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SSTR2020参加準備のデーキャンプ実施

2019年に初めて参加したSSTRに今年も参加出来ることになった。
昨年は既に数回の参加経験のあるA氏とその仲間に誘われ、3台のカブと共に下道でチャレンジし、無事に完走することが出来た。
その仲間と今年も参加しようと話し合い、リーダー役のA氏がエントリー手続きを担当してくれ、2年連続での参加が決まった。
昨年はバンガローを利用したが、今年はキャンプをすることに決め、各々がその準備をすることにした。リーダー役のA氏とFr氏は登山も趣味としており、すべての装備が整っていて、Fj氏は昨年の秋のキャンプツーリングにテントを購入して使用済み。問題の筆者は秋にFr氏のテントに同居させていただく始末で、今回はテントやバーナーなどを購入しなければならない。
次男がキャンプを趣味にしていたことを思い出し「不要な機材があったら貸してほしい」とメールを送ったところ、テント・寝袋・椅子を送ってくれた。
SSTR2020のエントリーが完了したあと、A氏から練習を兼ねたデーキャンプの提案があり、3月15日に金目川の河川敷に集まることになった。
集合した場所は金目川に架かる観音橋を右岸に渡り、500mほど上流にある河原で、自宅からわずかに3㎞と云う近所である。その近所に装備を積み込み出掛けるのであるから、その姿を見て大笑いした家内以上に筆者が苦笑した。
この日はクロスカブで牽引するリヤカーを製作したFr氏のお披露目を兼ねており、そのリヤカーを囲んで完成するまでの苦労談を聞き、大いにバイク談議に花が咲いた。

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バイク談議のあと、夫々が持って来たテントを張ったが、一番心配していた筆者も室内での2度の練習の成果もあり、皆とほぼ同じ時間で完成させることが出来た。
バイク談議に夢中になり全員がテントの写真を撮ってないのが残念である。
その後FR氏が準備してくれたフォーのインスタント麺と、銘々が持ち寄ったおにぎりや沢庵などで軽い昼食を取った。
午後はそれぞれ所要があり13時過ぎに解散となったが、SSTR2020の本番が待ち遠しく盛り上がったデーキャンプであった。
しかしコロナウイルスの影響で5月に実施されるかが心配で、もし10月に延期になると神奈川県からオール下道で参加する我々は、スタート場所、ルート、休憩時間などの検討で大変なことになる。

畑のテーブルを作成

俄か百姓を始めた初期に、昔風よけに植えてあったヒノキを伐採した幹を、手で縦に挽き割って(挽き割るのに2日掛かった)作ったテーブルの脚の部分が朽ちてきた。
最近になって時々孫たちも畑に来るようになり、危なげなのでテーブルを作り替えることにした。
今回は天板が平らな物を作ろうと、製材した材木を使う事に決め、カインズホームを訪れ材料を購入した。
4本の柱用に米栂防腐土台(90×90×4000)、柱の上部の横材用に防腐ツーバイ材(38×140×3650)、柱のカブの横材とお仕置き用に防腐ツーバイ材(38×89×3650)、天板用にホワイトウッド(35×184×3650)の各1本を購入。
畑用の軽トラックのおかげで、こうした長尺物の資材の購入はまことに便利である。

カインズホームで購入した材料

材料を購入して数日の間手付かずであったが、いつまでも置いておくわけにいかず思い切って作ることにした。
何時ものことであるが木工用の電動工具は丸鋸と電動ドライバーしか無く、あとは40年も前に亡くなった父親(大工でした)から譲り受けた両刃の鋸(一度も目立てせず)と、安物のノミ、小型の差し金程度である。
柱の米栂材は固いうえに捻じれており、縦引き鋸で引くと140㎜ほどで4~5㎜ほども斜めになる始末で苦労した。この経験から柱下部の切り欠きは、10ミリ間隔程度に丸鋸で何本も切り込み、そのあとをノミで削り落とすことを思いつき首尾よく切り欠くことが出来た。
切り刻んだ材料を木螺子で組み立て、屋外用でもあり天板も上から木螺子で取付けて作業を完了した。
最後は近所のコメリで求めたつや有りの水性塗料を重ね塗りして仕上げた。

仕上げに塗った塗料

完成した翌日には畑に持ち込み、古いテーブルを撤去した後に置いたが、目視での設置では今でも少し傾いている。

畑に設置したが水平にするのが難しい

河津さくらと高磯の湯ツーリング

記憶を辿るのが難しいほど久し振り(記憶では一年前が最後?)で、元の会社の若者たちと伊豆に出かけた。
今回のツーリングを切掛けにLINEのグループが登録され、何人かの若者から楽しみに参加する旨の連絡を確認できた。
国府津PAに8時45分に集合することに決まり、少し余裕をもって8時過ぎに自宅を出発。国府津PAに集まったのは6台のバイクであった。
予定通り9時にスタートして箱根新道で箱根峠まで登り、R1で三島、伊豆縦貫道と進んで「道の駅伊豆ゲートウエイ函南」で最初の休憩。
休憩後は有料道路ではない方のR136で伊豆長岡、大仁と南下し、更にR414を進め、修善寺橋の袂から県12に左折し、修善寺駅前を通過。修善寺中学校を左に見て県349に右折し狩野川の右岸を選んだ。この道はいつ走っても空いていて快適なルートである。
その後再びR414に入って引き続き南下し、「道の駅天城越え」で2回目の休憩。早々と松崎の桜味堂の出張売店で「桜葉もち」を土産に買い求めた。
ツーリングの目的地である河津桜まつり会場の駐車場には11時30分少し前に到着。

ここの駐車料金はバイク1台300円と高い

コロナウイルスの関係か人出は例年の半分以下の感じであった。

満開の河津桜と青空

全員が腹を空かしていて短時間で観桜を済ませ、R135で東伊豆町片瀬にある「食事処燦」に向かった。国道から離れた海岸沿いにある店でボリュームたっぷりの「あじ丼」を頂いた。

筆者が食べたあじ丼

店の前にある湯波さんぽ道のモニュメントにて

店の前の「湯波さんぽ道」を、大島を右に見て走り、熱川の温泉旅館街の先にある「高磯の湯」に移動。
海岸沿いの道路から一段下がって、海辺に造られた広い湯船にゆったりと浸かり、少し熱めのお湯と広大な海の眺めを堪能した。

ダイナミックな湯舟からの眺め

温泉の入口にある看板にて

此処からの帰り道では6台がバラバラになり、途中多賀の長浜海岸公園に立寄ったのみで、R135・西湘BPと辿って16時半過ぎに自宅に帰り着いた。
この日の走行距離は215㎞でした。

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何年振りかの夫婦での山登り

畑から見える利島への訪問を諦めたあと、家内から大野山に行ってみたいと云う提案があり、天気予報と睨めっこの結果、1月25日の土曜日に比較的良い天候が有るのを見つけて実行することに決まった。
御殿場線の松田駅を9時26分に乗る予定で自宅を出発し、予定通り9時30分過ぎに山北駅の改札を出た。山北高校(R246の新安戸隧傍にあった旧校舎)出身の家内は50年以上も前の通学路を懐かしがりながら歩いた。
R246の旧道と新道が交わった先の、関所跡の案内板がある安戸隧道の先から山道に入り、東名高速の都夫良野トンネルと吾妻山トンネルを結ぶ鍛治屋敷橋を潜った先の「足柄ボクシングジム」と看板のある建物の手前で「大野山⇒」と云う看板を見つけ、狭くて急な坂を登り始めた。
途中で「共和小学校跡この先」の看板を見つけたが、林の中を抜けていく先に学校跡があるとは思えない程の林の中の道である。
突然数軒の民家が現れ、その先に共和小学校跡地が有った。「山北町立共和小学校」と書かれた門柱があり、その脇に懐かしい二宮金次郎像、校庭の奥には旧校舎らしい鉄筋コンクリートの建物となんとも懐かしい雰囲気の場所であった。

旧共和小学校

更にその先には国指定重要無形民俗文化財である「山北のお峰入り」の用具を収めた収納庫も確認できた。
「地蔵岩⇒」の看板に誘われ狭い登山道に入り、年寄り夫婦二人で黙々と登った先の延々と続く階段を、傍にいた放牧牛に眺められながら喘ぎ喘ぎ登って、漸く大野山の山頂(標高723.1m)に到着できた。

長い階段の登りを励ましてくれた放牧牛

山頂には多くの登山者が休んでいたが、冷たい風が強く年寄りには耐えらない寒さで、弁当を先延ばしにして谷峨方面に下山を開始した。

山頂から見た三保ダム

山頂での記念写真

歩きながらおにぎりを頬張り、ほぼ休みなく歩き続けて酒匂川に出た。すこし下流にある吊り橋を渡って谷峨駅に到着した。

帰りに乗った御殿場線がホームに入ってきた

大野山は毎日のように畑から眺めていて、もっと簡単に登れると侮っていたが、思いのほか標高も高く、移動距離も長く老夫婦共々くたびれ果てた山登りであった。

畑から見える利島に行きたい

ベトナムに勤務している孫の父親が旧正月で日本に帰って来て、一家で関西の実家に帰省している。その結果、久し振りで穏やかな(暇を持て余すとも云えるが)老夫婦生活が6日間続くことになった。
何処かに出かけようと話し合い、畑から眺めることのできる利島を訪れることに決め、フェリーの便を調べた。
船に乗ると確実に船酔いする家内に配慮し、下田から直接利島に渡り、一泊した後翌日の利島から下田に向かうフェリー便に決めた。
我々老夫婦に与えられた6日間に当てはめると、往きを日曜日の9時30分に下田港を出港して利島に11時05分に着く便で渡り、翌日の14時45分に利島を出港し16時30分に下田に帰り着く方法しかないことが分かった。
早速宿を抑えようとネットで検索した民宿に電話を入れると、すでに満員ですと断られてしまった。その民宿の女将さんから「その日は船が有るか心配です」と云われ、もう少し詳しく調べてもらうと「波も高くて欠航の可能性が高い」と云われ、あえなく念願の利島往きは諦めた。
2012年の春から畑に通い始め、遠く相模湾の先に霞んで見える利島に「何時かは行ってみたいネ」と云い続けてきた家内も、半分は船酔いが心配で、残り半分は欠航予想を理由にすぐに諦めたようである。
プロフィール

老年ライダー

Author:老年ライダー
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性別:男
職業:退役ディーラーマン
趣味:バイクツーリングとレストア

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