不届きなランナーに遭遇

筆者の参加している大根川の草刈りボランティアは、参加する高齢者の運動能力の維持や、遣り甲斐の持続に大いに役立っていると思われる。
活動は大根川の左岸と善波川の右岸の、合わせて2.7㎞の土手で、対岸は平塚市と伊勢原市となるいわゆる市境である。
メンバーの高齢化は深刻で、70歳になる筆者が平均年齢より少し若い程で、数年後には活動が出来なくなるのではと危惧されている。今年になって地域の回覧板でボランティア募集のチラシを配布したことで、数名の新しいメンバーが参加し始め、少しだけ高齢化に歯止めを掛けることが出来た。
このボランティアの作業頻度は、3つに区分けした活動範囲をそれぞれ毎月除草するもので、草が伸びない冬場を除いて4月から10月までの7カ月で合計21回と、高齢者にとってはかなりハードな日程である。
6月10日の善波川での活動中少し不愉快な思いをする出来事があった。
土手の上で刈り払い機を使って除草していると、後ろで作業している仲間が誰かと話をしている気配を感じて振り返ると、ジョギング中の40歳代と思える背の高い人物と大きな声で言葉を交わしている。
次にその人物が筆者の方に歩み寄り「退け、邪魔だ」(口の動きと顔の表情でそう取れた)と云うので脇に避けると、当然と云った風に走り去った。
この土手には大勢の地元住民の、犬を連れたり夫婦連れで散歩する姿が多く見られるが、ランナーの姿はあまり見かけない。それらの人々の中には空き缶などのゴミの放棄や、犬の糞を片付けない不届き者は時々見かけるが、草刈り作業する者に「退け、邪魔だ」と罵声を浴びせる程の狼藉を働く人物は初めてである。
それでも、作業中に「ご苦労様です」とか「おかげで楽しく散歩させて頂いております」などの声掛けをして下さる人たちに遭遇すると、これからも出来るだけ永くボランティアを続けていたいと、年齢不相応の勇気を貰うことが出来るのは有り難い。

一夜城と小田原城を巡るハイキング

恒例となっているOB会のハイキング。登りが厳しかった前回の「湯河原天照山神社と白雲の滝」の反省から、今回のコースは「一夜城と小田原城」を巡ることになった。
親切な幹事から送られてきた企画書で指定された東海道線の下り電車に乗り、レトロな郵便ポストが設置され昭和の雰囲気たっぷりの早川駅に到着した。

レトロチックな雰囲気の早川駅

集合場所である早川駅に集まったOB会員は10名。早速、一週間ほど前に下見に歩いてくれたT氏を先頭に一夜城公園に向けて歩き始めたが、予想以上に厳しい登り道に全員が喘ぎあえぎ登った。

ミカン畑の間を進む上り坂

振り返って小田原城を眺めながらミカン畑の間を縫うようにして歩き、一時間弱かけて「石垣山一夜城歴史公園」に到着。公園内では二の丸跡、展望台、本丸跡と廻って駐車場に戻った。

二の丸にある展望台にて

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この駐車場には今話題の「一夜城ヨロイヅカファーム」があり、以前車で訪れた時の記憶とは余りにもかけ離れた立派な駐車場があって驚いた。
ヨロイヅカファームではパンを購入してテラス席で食べながら休憩を取った。

ヨロイヅカファームで食べたメロンパン

ヨロイヅカファームの前にて

下山のコースはターンパイクを見下ろす広い道路で、最終的には早川の右岸に出て小田原漁港まで下ったが、急な下り坂は思いのほか腰に負担が掛かり、70歳と云う年齢を実感することになった。幹事のA氏が予約を入れておいてくれた小田原漁港に面した「わらべ菜魚洞」の座敷に上がって、美味しい魚料理に舌鼓を打った。

美味しかった金目の煮つけ

食事後2名のメンバーが早川駅に向かい、残る8人で小田原城を目指して歩き始めた。小田原文学館や大きな邸宅が立ち並ぶ南町の桜並木を歩いて、箱根口交差点で国道1号線に出た。この交差点角にあったバイクショップSLOW LIFEで「カワサキ マッハ 250SS」などを見つけ、バイク好きの筆者は暫く覗き込んでいた。

バイクショップを発見

このバイクショップの向かいにある「柳屋ベーカリー」に立ち寄り、薄皮アンパンを購入。

有名な柳屋ベーカリーで薄皮アンパンを購入

その後御幸の浜交差点から通称お堀端通りを通って、馬出門土橋から場内に入り、銅門、常盤木門と歩いて本丸広場に到着し、この日のハイキングの目的を達成した。

小田原城の天守閣をバックにした記念の一枚

小田原駅に着いたところで、ある参加者から筆者に「今朝話していたアンパンの有名な店は何処?」と聞かれ守屋製パン店を案内し、ここでも筆者は土産にアンパンと甘食を購入。リュックサックはパンでパンパン(?)に膨らんだ。

小田原駅のコンコースで東海道線に乗るメンバーと小田急で帰る仲間とに分かれ、自宅には15時過ぎに帰り着くことが出来た。携帯のヘルスケアアプリは歩行距離12.9㎞と17,790歩の歩数を記録していた。

コンペ集合時間に遅刻

前回は台風の影響で中止となったオネスト会ゴルフコンペが、五月晴れの好天のもと開催され参加した。
このコンペは関東地区販売店のサービス経験者が集まるもので幹事が持ち回りである。
北関東の販売店には3~4名参加する会社がある反面、神奈川県からの参加者は筆者一人であることと、プレー費が安いこともあり毎回群馬県か栃木県で開催されている。
今回は群馬の仲間が幹事であったが、埼玉県のゴルフ場が案内されていた。其の書簡を確認した時点で、何時もより近い場所であるとの先入観を持って申し込みを行った。
コンペ当日は集合時間8時に合わせて自宅を6時に出発する予定を立てていたが、めったに乗ることが無いため埃が積もった窓を拭いたりしているうちに、10分程遅れて走り始めた。
バイクの時もそうであるが、ナビの音声案内が嫌いな筆者は、目的地設定をしないで走り始めた。小田原厚木道路に平塚ICから入り、圏央道、関越道と辿って高坂SAでトイレ休憩。ここでナビに「こだま神川CC」を設定し、本庄児玉ICで関越道を離れた時点で集合時間の8時まで15分ぐらいしか残ってなかった。R462に下りたところ通勤時間帯に当たったのか少し渋滞。この時点から遅刻するのではないかと焦り始めた。
信号待ちの間に幹事に「少し遅刻します」と電話を入れて先を急ぎ、クラブハウスに到着できたのはスタート時間の15分程前で、参加者全員がパター練習に取り組んでいる頃であった。大慌てで着替えを済ませマスター室前に出ていくと、全員が朝礼体制で待っていて、平身低頭の挨拶をした。
肝心のプレーであるが慌ててスタートした割には順調で、トリプルが4つしか無かった(この甘い自己評価が上達しない最大の原因であるが)上に、午前午後それぞれに1回パーも取ることが出来た。最終結果はアウト51、イン52、トータル103でホールアウトし、自身のベストスコア101にあと少しまで迫る成績であった。
因みに自身のベストスコア101は10年以上も前に出したもので、30年以上にもなる筆者のゴルファー経験で、一度たりとも100を切ったことが無いのは実に情けないことで、ゴルフへの取り組み姿勢に問題があることは明らかである。
遅刻の原因は、数週間前のバイクツーリングでは2時間で沼田ICまで到達できた経験と、ゴルフ場の住所が埼玉県であったことが、出発時間を遅らせる気の緩みにつながったことにある。
6月初旬に御殿場であるコンペには十分な時間の余裕をもって出発したいと考えている。

70歳で初めてのスイミングスクール

我々団塊の世代が子供の頃には、スイミングスクールなどと云うものは無かった。
郷里の潮江小学校にも勿論プールは無く、6年生の時にプールの起工式があり、筆者が生徒代表で鍬入れを行った写真があったことを記憶している。グーグルマップで確認してみると、記憶する場所に今でもプールがあり、60年近く前のプールが残っている(造り変えた可能性は大いに有るが)と考えると懐かしい。
そんな筆者が泳ぎを覚えたのは、坂本龍馬も泳いだといわれる鏡川である。天神橋の橋脚の基礎から飛び込み、隣の橋桁の基礎に泳ぎ移る事を繰り返しながら、何となく泳げるようになり、中学生になってからは遠くの海まで自転車で出かけ、シュノーケルを使って魚を追いかけ、浜で焼いて食べたりして遊んでいた。
したがって筆者の泳ぎは立ち泳ぎ、横泳ぎ、抜き手、クロール程度で、平泳ぎは満足に前に進めず、恥ずかしくてプールでは泳げない。
読者の方々は70歳になって今更スイミングスクールでも無いと思われるでしょう。
実はスイミングスクールに参加するのは3歳の孫で、筆者はその保護者として付き添いでプールに入ることになったのです。
娘から依頼があった時に少し難色は示したものの、「娘の私が泳げないのはお爺ちゃんの責任じゃないの」と云われ、海外単身赴任で不在の父親の代理として、8回ものスクールに参加することになったと云う訳である。
一回目のスクールでは、ロッカールーム先のシャワーに怯える孫を何とか通過させ、子供用のプールサイドで数分立ち尽くすのを辛抱強く待って入らせることが出来たが、本番のプールに入れるかどうか気を揉んだ。
スクールが開始するとで、プールサイドに腰を掛けてのバタ足、同じく腹這いでのバタ足、プールサイドに摑まって顔を漬けながらの横移動、設置されたプール踏み台でのジャンプ移動、インストラクターによる投げ込み等を何とか体験できたのは、インストラクターの巧みな誘導のお陰と感心した。
終了後、暖かいプールに浸かって体を温めたが、更衣室では先ず寒さに震える孫を着替えさせ、そのあと自分の着替えも済ませたが、何年振りかで体が震えるほどの寒さを体験した。
夕暮れの外に出ると5月の下旬とは思えないほど寒くなっており、Tシャツ短パン姿の孫とチノパンポロシャツの筆者二人で、「寒い さむい」を連呼しながら歩いて帰ってきた。
70歳になって初めての貴重な体験であったが、これからまだ7回も通うことを考えると少しばかり気が重い。

餃子の為の500キロ走行

ゴールデンウイークの中間点に当たる5月1日、若い仲間と久しぶりのツーリングに出かけた。
愛車は車検から帰って以来一度も車庫から出すことなく、前日にエアー圧だけはチェックして当日に備えた。
定刻の8時に圏央道の厚木PAを出発したのは筆者を含めて6台。更に第二集合場所である関越道の高坂SAで1台が合流し、合計7台の車列で沼田ICを目指して走り始めた。
250㏄のオフロードで参加のメンバーが、赤城高原SAで給油の為に立ち寄ったのを待つ為に、沼田IC出口に待機して休憩。
合流後はR120を金精峠に向けて走行を開始し、菅沼キャンプ村のそばにある「山小や」という店の駐車場で休憩。

R120の山小やで休憩

小休止のあとは金精峠、中禅寺湖、第一いろは坂、日光宇都宮道路と一気に走り抜け、この日の第一目的地である宇都宮IC側の「宇都宮餃子館」には12時前に到着した。


この日の目的はこの餃子定食

宇都宮餃子館の駐車場

食事のあと、第二目的地である「大谷資料館」に移動。
入ってすぐの所にあった歴史年表には、既に奈良時代には採掘(勿論露天掘り?)された記録があることに驚いた。テレビなどで取り上げられ存在自体は知っていたが、これ程大規模な地下空間を見せつけられ圧倒された。筆者の自宅の向かいにあるお宅の塀も、大谷石で作られていることを思い出した。
大谷資料館の地下空間は広大であった

機械彫りに使われた奇妙なチェーンソー

涼しかった地下から外に出ると猛烈に暑く感じ、慌ててバイクに跨り帰路に就いた。
宇都宮ICから東北道に入り、佐野SAに立ち寄って休憩。都内を抜けて帰る仲間も居ることから此処で解散となった。
筆者はヤマハセローに乗る仲間と共に100㎞/h前後で走行し、一度だけ狭山PAで休憩を取っただけで15時30分に自宅に帰り着いた。
この日の走行距離は498㎞であったが、餃子を食べる為に500㎞も走るとは、バイク乗りとは唯々走るだけで満足な人種であることに、我ながら呆れたこの日のツーリングでした。


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老年ライダー

Author:老年ライダー
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職業:退役ディーラーマン
趣味:バイクツーリングとレストア

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