トランプ大統領の訪日で大混乱

現役時代にお世話になった会社のOB会では例年秋にバス旅行を催行している。
会の役員を仰せつかっている筆者は、今年もその企画段階から関わってきたが、タイトルの通り大混乱となった。
毎年遠くに出かけていて移動時間ばかり長く、観光の時間が少ないと不人気だったことから、今回は東京都内の観光を企画した。
その目玉に据えたのが「迎賓館赤坂離宮」の参観で、旅行代理店の「個人参観者優先なので団体で予約を取りやすいのは11月7日と思われます」との説明に基づき日程を決め、他の観光として六本木ヒルズの展望台、日本橋川・神田川・隅田川クルーズをセットにして計画を立てた。
ところが旅行代理店から一般参観は不可との連絡があり、やむなく浜離宮庭園の観光を組み込むことにした。少し経ってトランプ大統領のアジア歴訪が報道され、このことが原因と判明した。
更に催行日当日が大統領の離日と重なったことで、首都高速に大渋滞が発生し、バスの運行に大きな混乱が発生した。
ガイドの確認によると、海老名ICから六本木ヒルズまで2時間30分とのことで、そのまま昼食場所である銀座に直行することに変更した。

がんこ銀座四丁目店での昼食

昼食後の日本橋川・神田川・隅田川クルーズは、日本橋交番の隣でバスを降り、「東京水辺ライン日本橋発着場」から出港。発着場の上に掛かる日本橋を皮切りに、オリンピック終了後に地下化工事の着工が決定した都心環状線の下を遡りながら、常盤橋をはじめ19もの橋を潜って、中央線の先の分流点から神田川に入った。

日本橋を下から眺めた

趣のある赤レンガの旧万世橋駅の眺め

神田川では柳橋の袂にある小松屋という佃煮屋さんの桟橋に立ち寄り、娘さんの三味線に合わせたご主人の小唄を聞いたあと、船上に乗り込んできた女将さんに進められ全員が土産を買った。

小松屋の桟橋で三味線と店主による小唄を堪能

隅田川に出て下流に向かい、清洲橋・永代橋を見たあと再び日本橋川を上って元の発着場に戻った。川から眺めた東京の街は非常に興味深く、参加者全員が大満足であった。

隅田川から見た蔵前橋と東京スカイツリー

続いて浜離宮を見学したあと、全員の希望で午前中に予定していて取りやめとした、六本木ヒルズから夜景を眺めることに決まり、六本木に向かった。ここで夕暮れから徐々に夜景に代わる景色を堪能することが出来たのは、皮肉にもトランプ大統領のお陰であった。

ビル街を背景にした浜離宮の庭園

順番は入れ替わったものの、全ての予定を見ることが出来たのは、ガイドとドライバーさんお陰と感謝の拍手で締めくくって、今年のバス旅行を無事に終えることが出来た。
さて、来年はどこに出かけたものか?

肺炎の体験談

前回報告した「ねぶた祭り見学」から帰った翌々日から、2泊3日のツーリングが予定されていた。
高遠・奈良井宿・下呂・白川郷・高山を巡るコースで、そのコースは殆どがワインディングという魅力ある設定で、2か月も前から楽しみにしていた。
ツーリング前日の朝、つまり青森から帰った翌朝にも微熱が残っていたので、近所の内科で診察をうけた。
問診と聴診を受けたあと胸部レントゲンを撮影。その診断結果は「肺炎ですネ!」といとも簡単に先生から告げられた。
その時一番に感じたことは「明日からのツーリングをどうしよう?」で、肺炎の実感がほとんど湧かなかったのは不思議である。
病院で発行された処方箋により、隣の薬局で3日分の抗生物質製剤(アジスロマイシン錠250㎎)を入手して帰ってきた。
帰宅して最初に行ったことは、明日からのツーリングを企画してくれたO氏への連絡で、ありのまま「肺炎に罹ったのでキャンセルにして欲しい」と伝えた。
その日の夕方には「宿は2軒ともキャンセルできました。勿論キャンセル料は不要です」と返事を貰って一安心。
肝心の肺炎に関しては、3日分の抗生物質を服用したことで完治出来たようである。
「65歳を過ぎたら肺炎予防」のコマーシャルと市からの通知に背中を押され、近隣の医院に相談したところ「当院ではお勧めしていません」云われ、そのままにしていたことを後で悔やむことになった。
間もなく70歳を迎える(この記事を書いている時点では既に立派な70歳の爺さんとなっている)筆者自身の年齢をつくづく痛感させられた肺炎の体験談です。

ねぶた祭り見学

当たり前のことであるが、ブログの中断中にも筆者の生活は続いていた。
その中で最大の行事は、家内の念願であった「ねぶた祭り」に出かけたことで、既に2か月以上も過ぎた事ではあるが、一応報告することにした。
青森に住む知人から、度々お誘いを受けていて、今までに実現していなかった祭り見物に出かけた。
出発の数日前から風邪気味であったが、今まで風邪で病院に掛かったことが無いと高をくくって、予定通り8月の3日に車で出かけることにした。
早朝に洗車を済ませ、東名高速の厚木ICから高速に入り、圏央道・東北道と走って、佐野SAで遅めの朝食兼早めの昼食にラーメンを食べた。
五所川原には翌日の昼ごろに到着する約束であったので、八幡平の湯瀬温泉で一泊する予定である。鹿角八幡平ICを降りて給油しようと最初のスタンドに入ったところ何となく見覚えがある。何と偶然にも2015年5月のツーリングで、八幡平を走り終え八戸道路へ向かう途中に給油したスタンドであった。
8月4日は予定通り正午ごろ知人宅に到着。一休みしたあと知人の案内で青森市内の「ねぶたの家ワ・ラッセ」を見学。この頃から熱が出始めて、暗くなってからの「ねぶた祭り」の本番には見物するのも辛いほどになったが、せっかく案内してくれている知人の手前何とか最後まで見学した。

ねぶたの家ワ・ラッセ

夜の街を練り歩く佞武多

その夜は知人宅に泊めてもらったが、夜通し高熱に悩まされることになった。
少し熱が収まった翌日は田舎館村に案内してもらい、二つの「田んぼアート」を見学。その精巧な作付けに感心した。引き続き「鶴の舞橋」を観光した。

田んぼアートの桃太郎 幅が広くて半分しか写らない

タワーから見下ろした「田んぼアート駅」
田舎館村役場から見下ろした「田んぼアート」

鶴の舞橋の全景は美しかった

近くから眺めた「鶴の舞橋」

夜には「JAごしょつがる五所川原」前の歩道に設けられた観覧席に案内され「立佞武多」を堪能した。

二段重ねの大太鼓の上の立佞武多

見事な高さの立佞武多

青森の佞武多は幅が広くて動きが激しく、五所川原の立佞武多はその背丈の高さが特徴で動きが少なく、同じ佞武多でも対照的な造りとなっているところが非常に興味深かった。
青森での夜は二日間とも、知人の手厚い持てなしを受け有り難かったが、風邪による高熱にも悩まされた。
最終日は知人家族に見送られ、朝早く五所川原を出発。浪岡ICから東北道に入ったところで痛恨のミスコース。何と下り線に侵入、仕方なく終点の青森ICまで行って引き返すことになった。こんなミスが何時かは逆走につながるのではないかと大いに反省した。
帰り道は少し熱っぽいながらも順調に走り、何とか無事に帰宅することが出来た。

ブログの再開

長い間ブログの更新を行っていませんでした。
最後の更新は6月21にアップした「歌舞伎を初体験」という記事で、既に4か月近く経過することになる。
先日友人から「ブログが更新されていないけど如何したの?」というメールを頂いたことを切っ掛けに、何とかしなければと考えながら延び延びになっていた再開に取り組むことにした。
この4か月にも亘るブランクにはそれなりの理由があって、決して筆者のやる気の無さだけが原因ではない。その理由とはPCに色々な障害が出始め、購入した店にお願いして診断して貰ったところ「OSの再インストールが必要」との判断であった。
その作業を依頼するときに、担当者の説明不足と筆者の早合点が重なり、出来上がったPCには全くデーターが残っていなかった。
このPCには住所録や読書記録、更には俄か百姓の耕作データーや支出記録や、幾つかの会合の事務局を担当した発信文章のほか、このブログの原稿610本など、筆者にとって大切なデーターが失われたことになる。
当初、復元は不可能と言っていた担当者にしつこく食い下がった結果、復元ソフトでトライしてみるとの約束を取り付けた。3週間ほど待ったが「その会社では復元が出来なかった」との返事であった。さらに交渉の結果「復元を専門としている業者に依頼をしてみる」との言質を取りつけ、更に数週間待った結果「一部のデーターが復元できた」との連絡をもらいお店に出向いた。
店頭で確認したところ、全てのフォルダーは復元できていたものの、その中身は文字化けしたり、エラーで開けなかったデーターが大半であった。ちなみにこのブログ原稿610件を一件々々チェックしてみると、98件だけが読み取り可能で、その復元率は僅かに16%でしかなかった。
テレビドラマの「科捜研の女」や「相棒」などでは、いとも簡単にデーター復元され、事件解決の糸口となるストーリーを見ているので、ほぼ100%復元できると期待していただけにがっかりであった。
ここ数日は、辛うじてデーター復元できていた2014年度の年賀状受発信記録をもとに、手元に残してあった今春の年賀状と喪中はがきをチェックして、2017年の年賀状受発信記録を作成する作業に取り組んでいた。
この作業が終わったことで年末に年賀状を送る目途が立ったので、意を決してブログの再開に取り組むことを決意し、この記事を書いている次第です。
長いブランクで元々少なかった読者がさらに減ったことと思われるが、カウンターの記録を確認してみると、有り難いことに毎日数件の訪問記録が残っていることに勇気を貰い、ブログ活動を再開することにした。
今後ともよろしくお願いいたします。

歌舞伎を初体験

家族全員が正真正銘の音痴である我が家では、家の中は疎か車の中でも音楽が流れることは無い。そのような家族であるから音楽イベントへの参加は全く無く、もちろん観劇などと云う体験はほぼゼロに近い、云わば芸能音痴家族である。
定期購読している朝日新聞の「国宝」と云う小説は、連載の出だしがヤクザの縄張り争いから始まると云う、ハードボイルドタッチであった事に興味を覚え読み始めた。しかし読んでいくうちに、抗争で命を落とした親分の跡取り息子が役者になると云うストーリーで、世襲制が当たり前の歌舞伎界で部屋子が才能を開花させ、遂に「花井半次郎」と云う名跡を襲名する様子で、なんとなく歌舞伎界の仕来りに興味を覚えさせる小説です。
そんな折、娘が「お客様から歌舞伎のチケットを貰った」と云って、2枚の「六月大歌舞伎鑑賞券」をプレゼントしてくれた。
大喜びの家内と共に電車と地下鉄を乗り継ぎ、平成25年の開場が話題となって以来初めて歌舞伎町を訪れた。
地下鉄の東銀座の改札を出ると木挽町広場に直結していて、多くの年配のご婦人方で混雑しており、男性客は殆ど居ないのに驚くと共に、何かしら居心地の悪い気分でもあった。
因みに筆者夫婦が鑑賞した六月大歌舞伎の演目は「名月八幡祭」「浮世風呂」「御所桜堀川夜討弁慶上使」であったが、初めての体験で二人とも只々驚きの連続であった。
特に興味を覚えたのは、唄方と三味線方と付け打ち師の活躍で、主役を始めとする役者達と共に大いに舞台を盛り上げているそれらの熱演は、歌舞伎座に出掛けなければ見られない貴重なものであった。
閉演後は再び木挽町広場を訪れ、チケットを頂いた方への土産を購入し、朝乗って来た路線を逆にトレースして夕方までに自宅に帰り着いた。
帰宅後の家内の感想は「歌舞伎鑑賞は高嶺の花と思っていたけど、少し節約すれば1年に2回ぐらいは行くことが出来るね」と云うもので、常々「地震が来たら怖いので東京には行きたくない」との、持論とは正反対の発言をするほどの気に入りようであった。
プロフィール

老年ライダー

Author:老年ライダー
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性別:男
職業:退役ディーラーマン
趣味:バイクツーリングとレストア

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