皿ヶ峰にある謎の三角点

暫く三角点を見に行っていない。
先日報告した「鷲尾山・烏帽子山での初歩き」の途中で何処かに三角点が有るはずと思い立ったが、その時は既に鷲尾山と烏帽子山を通過した後であった。
仕方なく帰り道に無理やり皿ヶ峰の山頂ルートを辿る事にした。案の定、皿ヶ峰の山頂(163m)に三角点らしき標柱が有り、写真を取る事が出来た。
数日後自宅に戻り、ネットで鷲尾山と烏帽子山の情報を確認していると、三角点は鷲尾山には無いが烏帽子山(358.7m)には在るようである。その情報によると、神田石土神社の社殿の裏にあるようで、みすみす見過ごしてきた事になる。
更に国土地理院の情報を確認すると、驚いた事に皿ヶ峰の山頂に三角点は無い事になっている。ではあの標柱は何だったのか?誰が何のために設置したものか謎である。

皿ヶ峰山頂に有る謎の三角点

標柱はコンクリートの土台に埋め込まれ、西面に明らかに「三角」と云う文字が刻まれている。ただし三角点に付きものの周りをガードする石は無く、国土地理院の白い杭も立ってはいない。怪しいとは思ったが、「三角」と云う文字と付近で一番高い山なので、三角点が必ず有るはずとの思い込みが今回の誤認の原因である。
実家に帰り母親との会話で、既に亡くなった母方の伯父が三角点を探して写真に撮っていたと聞かされ、生前に話を聞いておけばよかったと残念に思った。
因みに国土地理院のホームページによると実家付近にある三角点は、宇津野山(256.8m)・筆山(118.3m)・土佐塾に登る車道傍の標高僅か83.1mの丘の上の三か所のようである。
次回帰省した折にはこの三か所は必ず訪れてみようと思う。

偶然出合った三角点

三角点に興味を覚え(と言うと聞こえが良いが実は「毎日が日曜日」の時間つぶし)幾つか探して写真を撮っている。
しかし、わざわざ出向いて写真を撮ったのではなく、偶然見つけた三角点が幾つかある。 今回はその偶然見つけた三角点を三つ報告いたします。
最初に、ごく最近見つけた三角点を紹介します。その三角点は2012年4月28日に那智勝浦ツーリングに出掛けた先で発見。 その時のいきさつは先日ブログ(那智勝浦へのツーリング(その2))で報告したとおりで、重複することになるが改めて報告する。
潮岬近くの樫野崎燈台を訪れ、トルコ軍艦遭難慰霊碑と燈台の間にある広場まで来たとき、「こんなところに三角点が在りそう」とキョロキョロしていると、ツーリング仲間のK君が「三角点がありますよ」と筆者が見つけるとほぼ同時に声を掛けてくれた。 K君はこのブログの数少ない読者で、筆者が三角点を探していることを知っていて見つけてくれたものです。
この三角点は非常に管理状態が良く、和歌山県と建設省国土地理院とが共同で設置した説明板が添えられていた。 三等三角点であることのほか、緯度・経度と標高が正確に表示され、三角点の設置時期が明治36年(西暦1903年)であることまで表示されていた。

樫野崎の三等三角点

樫野崎三角点の説明板

次に報告する三角点は二つとも沖縄に旅行した時に偶然発見したものである。 最初に発見した三角点は2月13日に波照間島にある展望台で、床に埋め込まれた真鍮製の円盤を見つけ、刻印された文字を読んで三角点であることが判明した。 いつもの石製の三角点ではなく、真鍮製の三角点を見たのは初めてである。 この真鍮盤には『この測量標はすべての測量の基準です。三角点を大切にしましょう。 四等三角点 基+本 №109233 国土地理院』と刻印されていました。

三角点が設置されている波照間島の展望台

波照間島の四等三角点

今回の報告の最後は2月17日に沖縄本島の勝連城跡を訪れた時に発見したものである。 巨大な石垣で築かれた城跡の最上部で、いつもの4個の丸い石で囲まれた石柱を見つけ、こんな人工的な城跡に三角点があるとは考えも付かなかったので非常に驚いた。
勝連城跡の三角点は四等で背面に№と思われる数字が027 652と二行に分け刻まれていました。

勝連城跡の一番高い所に有る四等三角点

勝連城跡の四等三角点の背面 027 652と刻まれている

この三つは全て偶然見つけたもので、このことが三角点は意外とどこにでも在ることを現しています。 四個の丸い石で囲まれた花崗岩の石柱の景色は、筆者の記憶の中にもそれが何処であったかは定かではないが克明に刻み込まれており、おそらく子供のときから何度か目にした光景であるに違いない。

散歩の序に三角点を探す

「俄か百姓」に取り組んで以来、しばらく三角点を探すことから遠ざかっていた。
この日の散歩は午後一番で種蒔きなどをした関係で、16時30分という中途半端な時間に自宅を出発した。
時間帯が異なると散歩コースも異なるもので、大根川の右岸を川下に向かって歩いた。土手道の途中で散歩の目的を三角点探訪に切り替えた。
三角点訪問の第一回目の記事に、撮り鉄の親子に遭遇したことを書いたが、その撮り鉄の父親が「この近所の三角点は平塚ICの北側に一箇所あります」と教えてくれ、自宅に戻って国土地理院のホームページで位置を確認しておいたことを思い出した。
しかし、その地図をプリントしたものは自宅にあり、少しだけ見た地図の記憶を頼りに場所の目星を付け目的地に向かった。 県道大磯相模原線の手前から大根川の土手を右に曲がり、小学生が大きな鯉を釣り上げ自慢げに見せてくれた水門の傍を通り、生コン工場の裏手の土筆の群生を見て小田原厚木道路平塚ICの北側に出た。

途中の土筆の群生 向うに水甲管が見える

「大切にしましょう三角点」という国土地理院の白い杭を探そうと遠くから見ると、所々に立っている暗渠排水の水甲管が目に付き、目の悪い筆者では近づいてみないと国土地理院の白杭と水甲管の区別が付かない。
水甲管に数回だまされ、少し遠回りして漸く三角点を発見した。その三角点は周囲の田圃より高く盛り上がった畑の真ん中に在り、いつもの三角点の姿とは明らかにいくつかの点で異なっている。
その1:根元を覆っているコンクリートが見えない(すっと下にあるのか?)
その2:三角点を保護する形で置かれている4つの石が無く、単独で立っている。
その3:いつもはコンクリートのベースに埋もれている根元部分がむき出しになっており、その部分が地上に出ている部分よりワンサイズ大きくなっている。
その4:三角点の背面にナンバーが刻まれていない。
これらの原因は三角点のある畑が周囲の田んぼより相当高く盛り土されていることから、埋め立て時に標識を建て替えたのではないかと推察する。

今回の三等三角点の遠景 背景に平塚ICが見える

ベースとガードする石が無く根本が剝き出しの三角点

写真を撮り終わって大通りに出ると、少し送れて到着した家内は「あそこに在るのと違う?とジェスチャーで教えた」と言い張り、まるで今回の三角点の第一発見者気取りである。
帰り道は富士山こそ見えなかったが、真っ赤な夕日に雲が茜色に染まる光景を見ながら家路に付いたが、自宅に到着したのはとっぷりと日が暮れた19時20分であり、本日の散歩は3時間弱の遠出となった。
このブログ記事を作成していて事件が発生。なんと写真をPCに取り込む作業で操作ミスをし、ここ数日貯め撮りしていた写真を全て削除してしまった。 つまりブログに添付する証拠写真を筆者自ら証拠隠滅(??)したことになり、今回の三角点探訪を皆様に証明することが出来ない。
改めて写真を撮るために慌てて自転車に乗って三角点に出かけることになり、二重の暇つぶしが出来た。添付した写真はもちろん改めて撮りに出かけた時の画像である。

近所の山に三角点を求めて(三角点その3)

空き缶が散らかった小さな公園を尻目に、本日の目的である自宅近くの山にある二つの三角点確認に向かった。
国土地理院のネットによると、一つ目は弘済学園の裏山と、二つ目が善波峠トンネルの上の峰を北に越え登りきった山の頂上に在るようである。
東名高速沿いの側道から弘済学園に向かって山側に入り、右回りに迂回した弘済学園の裏手に弘法山に向かう登山道があった。この登山道を登ると右手に丘というほどの小山があり、登山道から離れて小山の頂上に向けて藪を掻き分けて登ると、草に埋もれた三角点【四等011-856】を発見した。紛らわしいことに周りに526・707・70?と墨書きされたコンクリート製の杭が3本立っていたが、三角点と関連があるのか無いのかは不明である。

弘済学園裏山の三角点

弘済学園裏山の三角点【四等011-856】

次の三角点に向かって弘法山の頂上直下を左回りで迂回し、善波峠の御夜燈を経由し念仏山に向かって登り始めると、登山道沿いに三角点にそっくりな形で丸い四つの石に囲まれた標識を見つけた。その標柱の上面には見慣れない真鍮でできた円形の文字盤が乗っている。かぶっている泥を取り除いてみると標柱の横面には見慣れないマーク(後で伊勢原市のものと判明した)が有り、真鍮の文字盤は【伊勢原市2級基準点№46】と読み取ることが出来、残念ながら三角点とは関係の無いことが分かった。しかし、国土地理院の三角点標識が石で出来ているのに対して伊勢原市の基準点はコンクリートの柱ではあるものの真鍮で出来た文字盤が使用してあり、一見お金が掛かっているようにいるように見える。
伊勢原市の基準点を通り過ぎて坂道を登る。この登山道は筆者が40代後半に趣味としていたMTBの毎週の練習コースで、一番回数を多く登った登山道であり、細かい凸凹や道を横切る根っこまで知悉している。

伊勢原市の基準点【伊勢原市2級基準点№46】

善波峠から念仏山に向かって登りきった最初の頂上の左手に小さな山の頂上があり、考えていたとおりこの頂上に目的の三角点【四等011-855】を発見した。この三角点の横にみすぼらしい丸木の杭が立っており、そこにマジックで書かれたのか、やけにくっきりと【念仏山(手前)三角点】と書かれているのが印象に残った。

念仏山(手前)三角点

念仏山(手前)三角点【四等011-855】

この頂上で持参した乾パンとミカンを食べ、帰り道は善波峠を左に折れ、吾妻山のすぐ手前から右に下り、大根中学校の裏を経由し自宅に戻った。本日の散歩は約3時間の三角点確認の山歩きとなった。

近所の三角点(三角点その2)

3月5日に「三角点に興味を覚えた」を掲載したが、国土地理院のホームページを確認してみると、意外と筆者の住まいの傍にも多くの三角点が有ることが判明した。
これら近所にある三角点を出来るだけ多く見に行ってみようと考え、手始めに隣町の伊勢原に出掛ける用が有ったついでに2か所の三角点を見に出掛けた。
自宅から伊勢原駅には今まで何回となく徒歩で出掛けており、三角点が有るであろう場所もおおよその見当は付く。
自宅からいつもの散歩コースを善波川まで歩き、そこから更に北に向かって小田急線の線路沿いの三角点が有る場所と思しき地点に出た。そこにはレガシーワゴンのバックドアを開け、バーナーでお湯を沸かしている若い父親と男の子がいて、通りかかる電車の写真を撮っていた。
その付近の草むらの中を覗き込んでいると男の子が「何を探しているの?」と問いかけてきたのに対して、筆者が「三角点と云うのを探しているの」と返事した。するとその会話を聞いていた父親が「この辺で三角点と云ったら小原厚の平塚ICのそばで見かけた」と教えてくれた。
この父親にお礼を言って線路沿いを更に伊勢原沿いに100mほど歩くと、小さな野菜畑の隅に三角点を発見できた。余りにもあっけなく発見できたので少しだけ拍子抜けしたが、数枚の写真を撮って次の目的地に向かった。

後ろに見えるのが小田急線の線路

鈴川工業団地の外周道路の南側を通って、大磯相模原線と小田急が交差する場所の傍にあるはずの三角点は少し発見しづらいところにあり苦労したが、跨線橋の欄干の東側のマンションの敷地の隅の一角に枯れ草に隠れるようにして立っていた。よく見てみると三角点から50cmほど離れた位置に「大切にしましょう三角点」という国土地理院の白い杭が立っていた。

欄干越しに見える三角点と、国土地理院の白い杭

この日の三角点確認は2個とも小田急線の線路沿いにあり、ともに三等三角点であった。
この後、伊勢原駅に出て所用を済ませ、帰りは小田急線に乗って帰ってきたが、三角点の確認は散歩と併用できて中々いい趣味になりそうな感じである。
プロフィール

老年ライダー

Author:老年ライダー
老年ライダーのブログにようこそ!
性別:男
職業:退役ディーラーマン
趣味:バイクツーリングとレストア

カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
カテゴリ
最新記事
アクセスカウンター
最新コメント
月別アーカイブ
最新トラックバック
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる