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初めての甲子園球場

東海道完歩の下見として、出来るだけ旧東海道を辿って乗用車で京都まで出かけたついでに、母校の応援に甲子園まで足を伸ばした。
筆者の母校である高知高校は1964年の夏の大会と、1975年の春の選抜に優勝経験があるものの、近年では時々甲子園球場に出場はするものの、ほとんど一回戦で敗退している。 特に1964年夏の優勝は筆者が2年生として在籍していた時期であり、同じクラスにもレギュラーの選手がいたこともあって、応援に行かなかったことは今でも残念な思い出となっている。
そんな青春時代の興奮を今一度思い出そうと、「毎日が日曜日」になって初めてとなる母校出場の応援を思い立った次第である。
試合日前日の午後、明日のチケットを購入しようと甲子園球場に出かけてみて初めて、日程が一日繰り下がり母校の試合は見られないという、なんとも情けない事態に直面した。しかしながら既にホテルにチェックインした後に発覚したこの事態は受け入れるしかなく、3月25日の第一試合(光星学園Vs北照)の試合を見ることにした。
球場から歩いて2分のホテルを8時にチェックアウトし、車をホテルの駐車場に預けたまま球場に出かけた。どちらの内野席にするのか迷った結果、一塁ベースのほうが三塁よりランナーが出る確率が高いとの理由で一塁側(北照側)のチケットを購入。早速球場に入ったところ、朝早い時間帯で三塁側のスタンドは日陰となっており一塁側を選択したことは大成功であった。

日当たりの良い一塁席から三塁側スタンドを望む

夫婦で守備練習から見始め試合終了後の光星学園の校旗掲揚までを観戦したが、どちらが勝っても良いという気楽な野球観戦は、これはこれで楽しいものであることを実感した。また、両校の応援団の熱心な応援合戦を見るのも、高校生時代に県予選の応援に借り出されたことを思い出すことが出来、甲子園まで足を伸ばして良かった。

高校球児の熱戦を観戦

試合は3回までに光星学園が3点を先取、それを追いかける北照が9回には2・3塁のチャンスを迎えたが、残念ながら得点に至らず。先取点を守り抜いた光星学園が二回戦進出を決めた。
一方我が母校は翌日の第一試合で0-4と横浜に惨敗した。甲子園で惨めな思いをしなくて済んだと、この結果を日程変更に気付かなかった自分を慰める言い訳にしている自分がなおさら惨めである。
母校の応援は出来なかったが甲子園まで来た記念に、母校のストラップを購入したことがせめてもの慰めである。

母校の応援目的を証明する唯一の証拠写真

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母校応援と東海道下見の報告







母校応援と東海道下見の報告、3日目の報告です。
水口宿(甲賀市)のホテルを7時に出発し、本来の目的から離れて伊賀市に向かった。伊賀市にアンティーク時計を販売している時計屋が有り、リフォームした居間の柱時計を見に行ったが、臨時休業で目的を果たせず。これが本日第一のハプニングである。
仕方なく元の水口宿まで戻り、再び東海道の下見を開始した。草津宿・大津宿を経由し14時に三条大橋に無事到着した。
三条大橋の少し手前を歩いていた街道歩きとおぼしき人の姿は、心なしか前のめりに見えて夫婦で感動した。
この後、一気に甲子園まで移動しホテルにチェックインした後、球場までチケットを購入しようと出掛けて、本日第二の事件が発生。
球場の放送で「明日の4日目の第一試合は・・・」と言う放送を聞いて、明日は5日目と思い込んでいる筆者の頭は大混乱に。
結局、明日の第一試合は筆者の母校と横浜のカードではない事が判明。慌ててネットで検索してみると、23日の3試合全てが中止となっているではないか?
その結果、我が母校の試合は明後日の第一試合となっている。その日は元の勤務先のOB会ゴルフコンペがある日であり、明日中には自宅に帰らなければならない。
つまり、筆者は母校の試合を見ることが出来ないと言うことである。
仕方がないので、どこの学校だか分からないが、明日の第一試合を見て帰ることにした。
新聞も読まず、ニュースも見ずのダラシナイ生活の結果が、悲惨な事態となって帰って来た。
最悪の事態である!

母校応援と東海道下見の報告


母校の甲子園応援と東海道完歩の下見を報告致します。
3月25日の対横浜戦に間に合うように、22日の朝自宅を出発し二宮から国道1号線に入り、ひたすら1号線を西に向かって走りました。
ガイドブックを参考に時々旧街道に入りながらの走りで、なかなか進みません。
由比で薩捶峠などに立ち寄った結果、吉田宿(豊橋)に着いたのが18時30分で、急いでホテルを探しなんとか泊まる所を確保した。
2日目は8時30分に出発したが脇道が多くはかどらない。
宮の渡しには既に昼を過ぎていた。渡しの対岸の七里の渡しまではナビで移動したが、此処で大雨に見舞われた・
その後、途中の関宿などで写真を撮って、夕暮れの雨の鈴鹿峠を越えた水口宿(甲賀市)で本日の走りを終えた。

東海道の完歩に挑戦したい(東海道その1)

永年暖めてきた夫婦での徒歩による東海道完歩への挑戦に向けて準備を始めた。
家内と筆者は過去にも長距離を歩いた経験が何度かある。子供が小さいころは12月31日に秦野市の自宅から江ノ島まで歩くという恒例行事を数年続けたり、相模川と多摩川の源流から河口まで歩いたりした。また街道歩きとしては永田町からスタートする大山街道も完歩した経験もある。
その頃から「定年退職後は東海道を歩こう」という話題はしばしば出ていたが、いざその時になってみると年齢からくる体力の減退に自信を無くして延び延びになっていた。
それがひょんな事がキッカケで計画を進めることになった。そのキッカケとは筆者の母校が春の選抜高校野球に出場できるという報道を聞いたことである。
前々から「退職したら甲子園球場に応援に行きたい」と筆者が口にしていたことから、3月25日の第一試合を見に行く計画を立てていると、ついでに「東海道歩きの下見を兼ねた甲子園行にしてみよう」という事になった。
母校の応援ということで日にちが決まっており、前日の夜は甲子園球場の近くに宿泊しなければならいことに加えて、下見の工程に旧一号線をメインで走るとなると2日間では厳しいと言うことで、3泊4日の「下見兼母校の応援」という、少々贅沢な計画となった。
その下見の更に下準備ということで、3月19日の晴れ間を活用し伊勢原駅から厚木駅までを歩き、有隣堂に予約してあった「東海道を歩く旅」という本を引き取りに行くこととした。小田急線の伊勢原駅で下車し厚木に向かって歩いたが、愛甲石田の少し手前で小雨が降り始め、やむなく愛甲石田から本厚木までは電車となった。本を購入したあと天気が回復したので、初期の目標を達成しようと帰り道は愛甲石田まで歩き、そこから電車で帰宅した。

東海道徒歩旅の目的で購入した本

下見を兼ねた母校の応援で少し気になるのは、対戦相手が横浜高校であり「どっちを応援すれば良いのか分からない」と悩んでいる家内と、応援席が一塁側と三塁側とに分かれるのではないかと心配している。
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老年ライダー

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趣味:バイクツーリングとレストア

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