八重山・沖縄旅行最終日

いよいよ今回の旅も本日で最終日である。
15時45分の那覇発・羽田行きの飛行機に乗ることになっており、何時もより早めの8時15分にホテルを出発した。
今日の目的地は一番メジャーな観光地である「平和祈念公園」と「ひめゆりの塔」であるが、出発前に時間的にゆとりが有りそうなのでもう一か所何処かに行こうと協議し、今日の最初の目的地を「斎場御嶽」に決めた。
日曜日の那覇市内は道が非常にすいており、かなり順調に走った結果、「斎場御嶽」には9時の開門前に到着し、列に並んで開門と同時に見学した。
この施設は琉球開闢の始祖とされるアマミキヨが造った所とされ、琉球王朝の神の宿る場所の中で最も格式が高い聖地とされているそうです。巨岩により隔絶された拝所は神秘的な雰囲気を醸し出していた。
斎場御嶽の巨岩に囲まれた拝所

次に訪れたのは「平和祈念公園」で、まず驚かされたのはその広大な敷地の広がりである。駐車場ですら何処に駐車して良いのかも分からないほど広大である。
車から降りて、先ず「沖縄平和祈念堂」の階段を上がって振り返ると400メートルほど先に「平和式典会場」がり、その間は芝生で覆われた広場となっている。更に「霊域」と命名されたゾーンには、日本中の都道府県が競い合うように大きな戦没者慰霊のための碑を建ててあり、一番奥まった場所にある沖縄戦における全戦没者の氏名が刻まれた「平和の礎」と共に、戦没者の慰霊だけではなく、これからの世界平和を祈念する施設として厳かな雰囲気を醸し出していた。
今回は残念ながら時間の関係で見ることが出来なかった「平和祈念資料館」はその巨大な雄姿を扇状に聳え立たたせて見え、その扇の要にあたる部分に「平和の火」が灯されているとのことである。
広大な敷地の平和祈念公園

この旅の最後に訪れたのは「ひめゆりの塔」である。沖縄戦に看護要員として動員された女学生たちの悲哀を後世に伝える為の施設であると共に、大東亜戦争末期の悲惨な状況を記録し、二度と戦争を起こしてはいけないと云う、この施設の関係者全員の決意を感じ取ることが出来た。
少し隅に追いやられていた初代「ひめゆりの塔」

家内と二人での観光の最後の締めくくりを「平和祈念資料館」と「ひめゆりの塔」にした事は、明日から平和ボケの日常に戻る夫婦にとって、非常に良い設定であったと思う。
少し早目であったが13時頃にレンタカーを返却。一昨日同様列を作って荷物を降ろす観光客に交じって荷物を整理し、マイクロバスに乗せられて那覇空港に運ばれた。
空港で遅めの昼食を取り今回の旅を終了した。

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