国旗掲揚と国家斉唱

6月12日にワールドカップアジア最終予選の日本対オーストラリア戦があった。
ホームで戦ったオマーン戦とヨルダン戦に連勝でB組みトップを確保した。 この日はアウェーで最大の難敵であるオーストラリアに挑戦する試合で、日本の多くのファンがテレビで観戦したことと思う。 「毎日が日曜日」の筆者も楽しみにしていた試合であり、ゲーム開始前からテレビに噛り付いて見た。
ゲーム開始前の国旗掲揚の君が代は、アウェーということもあり単調なテープによる国家斉唱に加え、サポーターも少なく、盛り上がりに欠けたのは残念であった。
反面、オーストラリアのそれは、大観衆の合唱に加えて、出場する選手全員が胸に手を当て大きく口を動かす画像は迫力満点であった。 更に感心したのは、選手と手をつないでいる筆者の孫と同世代と思しき子供たちまでが、大きな声を出して歌っている様子が画面で確認でき、なんだか試合の行方を暗示しているような嫌な予感がした。 試合は日本が先取点を取ったものの、直後にペナルティーエリアでの反則によるPKを決められ、引き分けに終わったのは本当に残念であった。
サッカーとは全く関係が無いが、翌日の朝日新聞朝刊の「さがみ野版」に国旗掲揚に関する気になる記事が目に付いた。
その記事は「議場に国旗掲揚、議員提案の動き 川崎市」という見出しで、内容は川崎市は全国の政令指定都市のなか、唯一本会議場に国旗を掲揚していないと伝えている。
記事の詳細は、国旗掲揚の決議を議員提案する動きに対して、市民が掲揚反対の要請をしたことを報じるもので、結びに弁護士団体の自由法曹団神奈川支部が「掲揚していないのは、成熟した民主主義社会の議会の証しとして誇るべきこと」という意見書を出したとのことに驚いた。
先ごろ、大阪市で教育委員会の指示に基づいて教職員の口元チェックをした校長先生が話題になり、これに対して全国レベルで賛否の議論が沸騰したが、そもそも国民が国旗と国歌を掲揚したり斉唱したりすることの賛否が議論になること自体がおかしい。
オーストラリアの子供のように、国旗掲揚に対して自然に国歌が歌えることが正常であり、我が国の子供たちに対する国家意識を持たせる為の教育には大きな問題点があると思う。
熱心なサポーターの、体全体を使っての「ニッポン」コールに、問題解決の糸口があるように思える。
ぜひワールドカップの出場権を確保し、「ニッポン」コールの連呼で国民に勇気と感動を与えて欲しい。

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