新渡戸稲造「武士道」

「毎日が日曜日」の暇な身になって出来るだけ読書をしようと心掛けているが、「俄か百姓」などの遊びと趣味に時間を取られて思うに任せない。
先日、数冊の本と一緒に新渡戸稲造著(山本博文訳)「武士道」を購入した。

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勉強不足で恥ずかしいが、筆者が新渡戸稲造の名前を初めて意識したのは5千円札が登場した時である。
30年前に読んだ葉隠や宮本武蔵の五輪書など、武士道に関する書物は数冊本棚にあるが、「武士道」そのものをタイトルトした本があることは知ってはいたが今まで読まないで来た。また、読み始めるまでは剣豪かなにか、武道を極めた人物の著書であろうと予測していたが根底から覆された。
先ず著者である新渡戸稲造の経歴を見ると、札幌農学校卒業後アメリカ・ドイツで農政学を研究し、その時期37歳でアメリカにて静養中にこの本を執筆した事に驚いた。またその後は、東京帝国大学教授など教育界で活躍し、国際連盟事務次長や貴族院議員等を歴任している。想像していた武芸の達人でも何でもなかったのである。
次に驚いたのはこの本が英語で書かれた事で、日本人が日本の武士道を何故英語で書いたのかと云う疑問に、著者自身の「初版への序」で次のように答えてくれている。ある高名な法学者から「日本の学校では宗教教育がない? 宗教教育がなくて道徳教育はどうやって授けられるのですか」との質問を受け、著者自身の正邪善悪の観念を形づくったのは「武士道」であった事に気付いた。また、著者の夫人(アメリカ人)が「なぜ日本ではこれらの考え方や習慣が一般的なのですか」としばしば質問されたことへの答えとして、日本の封建制と武士道について語ることが必要と感じて書いたようである。
明治初期の諸外国から見た日本と云う国の不思議さに、廃れゆく封建社会と武士道に今後の日本の進むべき道のヒントを求める形で書かれた本書こそ、実は日本人に読んでほしいと著者は願っているのではないかと思う。
世界中が宗教の教義を主体にして国政の運営を行う現代において、家庭内で受け継がれてきた道徳教育(著者はこれこそ武士道教育と考え)の退廃が問題視される日本の教育事情は深刻である。
今こそ、外国人向けに書かれた本書を日本人自身が読むべき時ではないだろうか。

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