宝永大噴火と平成の大地震

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南北に大きくなだらかな稜線を広げる日本一高い山。その左右対称の姿を否定するかのように南側稜線に盛り上がる宝永山。筆者が住む神奈川県から望む富士山はそんな姿を見せてくれる。
その宝永山の大噴火による大災害を題材にした小説「怒る富士山」を読んだ。
作者の新田次郎は山に関する小説が多く、良く読まして頂いているが、元気象庁勤務と云う異色の経歴も筆者が気に入っている理由の一つです。
筆者は中学生で気象部(今考えると何ともオタクな)なるサークルに入部し、毎日観測したデーターとNHKの気象通報を基に一日に3枚の天気図を作成し、学校の掲示板に天気予報まで張り出すなど、かなり本格的な活動であったが、天気予報は余り当たらなかったと記憶する。
「怒る富士山」は宝永4年(1707年)の富士山大噴火への徳川幕府の後手々々に回る対応と、噴火に伴い亡所とされた駿東郡59ケ村の百姓の飢餓を助けようと取り組む、伊奈半左衛門(関東郡代)の活躍の物語である。
幕府の対応は、生類憐みの令で有名な徳川綱吉から、徳川家宣への将軍の代替わりに伴う幕閣の移行があり、旧体制の柳沢由保派に対する新勢力である間部詮房とその腹心の新井白石による露骨なまでの追い落とし活動が続き、被災地である駿東郡59ケ村の百姓を棄民として扱った。
一方、主人公となる伊奈半左衛門は何とか百姓に米を支給するべく、江戸と駿府を文字通り東奔西走し、駿府代官の能勢権兵衛から5千俵の米を預かり駿東郡59ケ村に届け農民を飢餓から救い、最後はその責任を取って自ら切腹する。
読み進んで行くうちに、余りにも現在の日本の情勢と酷似しており恐ろしくなった。幕府体制の変化は自民党から民主党への政権移行、富士山噴火は東日本大震災、駿東郡への降灰は福島第一原発の広範囲にわたる放射能汚染と比較して見ることが出来る。
それではこの小説の主人公である、自身の命を投げ打って被災民を救った「伊奈半左衛門」に当たる人物は何処に居るのか。
その人物こそ今の日本にとって必要な政治家ではないのか。

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