プレミアムフライデーの疑似体験

毎日が日曜日生活者となった筆者にとって、連日マスコミで取り上げられているプレミアムフライデーは、まるで他の国の出来事のように感じられていた。
筆者が所属していた自動車販売業界は、訪問効率が高いという理由で土日も営業マンが活動し、週末は稼ぎ時と云う雰囲気が圧倒的に支配していた。
従って、1980年代半ばに流行語となった「花の金曜日」は全くの絵空事で、連日深夜まで働き続けたものである。
厚生労働省が主導する「働き方改革」の一環として、官民連携で取り組む「プレミアムフラフライデー」の最初の対象金曜日となった2月24日、横浜に出掛けて体験してきた光景を報告する。
この日の懇親会は元の仕事仲間(と云っても先輩とですが)と1年に3回ほど集まっているもので、「鳥どり横浜西口店」が何時もの会場である。
会場の近くには沢山の飲食店がひしめいているが、集合時間が17時30分と何時もより早目であった為か、普段と変わりがない人出で、この時点ではプレミアムフライデーの事はすっかり忘れていた。
店に入って飲み始めると、店内の喧騒が何時もより騒がしい気がして店員に確認してみると「今日はプレミアムフライデーなので、何時もより1時間ほど早く満席になりました」と帰って来たことで、改めてこの日が噂のプレミアムフライデーと認識した。
店から出た広場には、まだまだ飲み足りないのか大勢の人が溢れていて、これからが本番と云う盛り上がりを横目に見ながら、年寄3人ですごすごと駅に向かう帰路に就いた。
官民連携で「プレミアムフライデー推進協議会」まで設立して取り組んでいるこの活動が、大いに盛り上がり、シッカリと国民生活に定着することが期待される。
こうした体験も「毎日が日曜日生活者」である筆者にとっては、疑似体験と表現するしかないことが悲しい事なのか、嬉しい事なのか、答えが見つからない間もなく70歳を迎える年寄りの報告でした。

畑にポルシェが登場

この時期の畑にはあまり作業はないが、他にこれと云った用もない筆者と家内は、愛車のスズキキャリーに乗って毎日出掛けている。
周辺の片づけなどの雑用に取り組んでいた1月28日、畑に来客があった。
その日畑に来てくれたのは、昨年の暮れ「三崎マグロ祭り」に一緒に出掛けた、F800GSに乗るT氏で、この日は奥様と二人である。
T氏夫妻が畑を訪れてくれたのは3回目で、T氏単独では数え切れないほど来てくれていて、お孫さんと一緒に来て檜の枝落としを手伝ってくれたこともある。
今回の来訪は、昨年秋にそれまで乗っていたX3から乗り換えたマカンに乗ってであり、山の中の畑周辺ではめったに見掛ける事のないポルシェである。
翌日から群馬の水上に出掛ける予定とのことで、その巨大な純正ホイルにスタッドレスタイヤを装着していて、その姿は迫力満点でまさにThe PORSCHEである。

畑に来てくれたT氏の愛車はポルシェ マカンである

今回のT氏の来訪目的が、家内が漬けたタクアンを持って帰ってもらうことにある事実を、そのライプツィヒから来たポルシェが知ったら、さぞかしその気高いプライドに傷が付いたことだろう。

兼山のハマグリ

2月10日の朝刊(朝日新聞)で「言い過ぎ…高知のハマグリ 漁獲400㌔だけ」と云う記事を見かけ、わが故郷に関する内容でもありじっくり読んでみた。
兼山は「江戸から持ち帰ったハマグリをすべて海に投げ入れ、いぶかる人たちに『これは君たちの子孫に贈るのだ』(土佐弁では:これはおまんらあの子孫らあに遣るがやき)と語ったとの逸話がある」と首相の演説を紹介している。そのうえで高知県漁業振興課への取材からか「2015年のハマグリの漁獲量は約400㌔、60万円相当だ」と書いている。
更に2カ所ほどの漁協支所に取材し「大きな恵みにはほど遠かった」と結論付けている。
筆者は昭和22年に高知市内で生まれ18歳までを過ごした。
小学校高学年か中学生の頃ハマグリを獲った記憶があり、安倍首相を擁護する為にその記憶をご紹介したい。
350年まえ兼山がハマグリを投げ入れた海は、恐らく浦戸湾の何処かだと思われるが、その浦戸湾の出口に種崎と云う海水浴場があった。
市内からここに行く方法は、桟橋通り5丁目の電停(ここが終点)の先に「巡航船」の桟橋があり、その巡行船で種崎海岸の近くの桟橋(現在の浦戸大橋の下辺り)に渡して貰っていた記憶がある。この巡航船は1956年で廃止になっており、それ以降は五台山の下を浦戸湾沿いに辿る(現在の県35と思われる)バスに乗って海水浴場まで出掛けていた。
問題のハマグリは、種崎海水浴場の浜から20メートルほど沖に停泊している小さな漁船まで泳ぎ渡り、その船べりから飛び込んだ勢いで底まで潜って獲った。到達した海底の砂をゴーグルが無いので目を瞑ったまま両手でかき混ぜると、時々大きなハマグリが手に当たり掴んで浮かび上がることが出来た。若しかしたらこの時のハマグリが350年前に兼山が投げ入れたハマグリの末裔であったのかも知れない。
これは1962年ごろの筆者自身の記憶であり、少なくとも55年ほど前には子供の素潜りでハマグリが獲れたと云う事実があることを、今回のファクトチェックと云う大げさな記事を「事実確認が不十分だった」と締めくくった、朝日新聞の担当記者にも知って欲しいものである。

南はだの村七福神めぐり

18歳で秦野市に移り住んで既に51年が経過した。
地元に関することには学生時代、現役時代を通じて殆ど関心が無く、 丹沢と名水程度の知識しか持っていなかった。
毎日が日曜日生活になった最近では、時間を持て余すようになったが、家庭菜園の作業で暇をつぶし、何とか一日一日を過ごしており、相変わらず地元への関心は薄い気がする。
家内が「南はだの村七福神めぐり」の事を聞き付けて来て、運動不足解消と時間つぶしを兼ねて歩いてみる事にした。
市のホームページで確認してみると、南秦野村は明治の中頃から昭和15年迄存在した村で、その後何回かの合併を繰り返し、現在の秦野市に含まれる様になったとのことを知った。
天気も良く一月としては比較的暖かかった1月5日、秦野駅の観光案内所で朱印帳(とは言ってもガイドを兼ねたパンプレット)を貰ってスタートした。
この辺の地理は家内が良く知っており、最初に訪れたのは今泉名水桜公園の隣にある亀王山太岳院 で 福禄寿と長寿亀が祭られていた。
その後は、浄圓寺(布袋尊)、出雲大社相模分祀(大黒様)、西光寺(毘沙門天)、秦野福寿弁財天社(弁財天)と巡って、弁財天のある震生湖の湖畔で休憩を取った。
震生湖では多くの釣り人がのんびりと糸を垂れる姿が見られ、ここだけ時間がゆっくりと流れている様な感覚を覚え、久し振りでゆったりと過ごすことが出来た。

震生湖でのんびりと糸を垂れる釣り人達

この休憩時に朱印帳を見ていて、最初に訪れた大岳院で二つのスタンプが用意されているのに、一つのスタンプしか押してないことに気付きがっかりした。
気を取り直してスタートし、白笹稲荷神社(寿老人)のあと大岳院を再訪してスタンプを押した。更に尾尻八幡神社(親子鶴-親)、嶽神社(親子鶴-子)と歩いて無事に「南はだの村七福神めぐり」が完了した。

最後に訪れた嶽神社の親子鶴・子

少し元気が残っていたのでそのまま自宅まで歩いて帰る事に決め、上智短大のキャンパスを潜る隧道を抜け、東名高速の側道で県613に出て、県道伝いに鶴巻の自宅に戻った。
七福神めぐりに4時間、その後の自宅までの時間を含めて約6時間の散歩であったが、老夫婦二人が「まだまだ歩ける」と自信を持つことが出来た「南はだの村七福神めぐり」でした。

完歩賞で貰った記念のストラップ

第三回 孫達との江ノ島ウオーク

二年前に再開した、我が家の「孫達との江の島ウオーク」の年末が今年も来た。
子供や孫達にもそれぞれ予定が入るようになり、中々日程が決まらなかったが、31日の大晦日に催行することに決定した。
前日の夜に帰省した次男と、長男家族(父親と下の孫はサッカー練習の予定が入り途中で合流予定)、それに我々老夫婦の合計5名でスタートすることになった。
9時30分に自宅前で全員の写真を撮って出発。

出発前は全員が元気

大根川沿いでカワセミを観察しながら下り、県道63号を大磯方向に南下した後、吾妻橋を渡って金目川の右岸にあるサイクリングロードを海に向かう、例年と同じコースを取った。

大根川の土手から眺めた雪化粧の富士山

金目川と渋田川の中州に架かる東雲橋と玉川橋を対岸に渡って、渋田川の左岸にある「ヨークマート南原店」に立ち寄り飲み物とパンを購入、鈴川の土手に腰を下ろして家内が準備して来たいなり寿司と、ヨークマートで買ったパンで食事と休憩を取った。

土手に座って早目のお昼ご飯

この後のコースは昨年までとは違うルートで、鈴川の左岸から花水川の左岸へと川沿いに歩いて海岸に出た。
相模川に架かる湘南大橋を渡って柳島から遊歩道に入った先で、サッカーの練習を終えて浜須賀から逆歩してきた長男と下の孫と合流。ここでこの日二回目の休憩を取ったあとは総員7名でのウオークとなった。

逆歩してきた長男と合流し7名になった

この日は大晦日とは思えないほど風もなく温かかったので快調に進めてきたが、引地川に差し掛かるころから風が出始め、急激に気温が下がって来た。
ここからは大勢の人が散歩する中を海岸に沿って階段堤防を歩き、新江ノ島水族館の手前でこの年最後の夕日を眺める事が出来た。

富士山の夕景色は素晴らしかった

平成28年最後の夕日は素晴らしい眺めであった

この海岸沿いの道路の終点にある片瀬漁港のそばで記念写真を撮って今年の江の島ウオークはぶじに終了した。

ゴール地点で全員の満足顔が勢揃い

小田急で藤沢に移動し、駅前のソバ屋「ながつか」で例年通りの年越しそばを食べ、長男家族と別れて相模大野経由で東海大学前まで戻って、平成28年の我が家の行事がすべて終了となった。
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老年ライダー

Author:老年ライダー
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