ねぶた祭り見学

当たり前のことであるが、ブログの中断中にも筆者の生活は続いていた。
その中で最大の行事は、家内の念願であった「ねぶた祭り」に出かけたことで、既に2か月以上も過ぎた事ではあるが、一応報告することにした。
青森に住む知人から、度々お誘いを受けていて、今までに実現していなかった祭り見物に出かけた。
出発の数日前から風邪気味であったが、今まで風邪で病院に掛かったことが無いと高をくくって、予定通り8月の3日に車で出かけることにした。
早朝に洗車を済ませ、東名高速の厚木ICから高速に入り、圏央道・東北道と走って、佐野SAで遅めの朝食兼早めの昼食にラーメンを食べた。
五所川原には翌日の昼ごろに到着する約束であったので、八幡平の湯瀬温泉で一泊する予定である。鹿角八幡平ICを降りて給油しようと最初のスタンドに入ったところ何となく見覚えがある。何と偶然にも2015年5月のツーリングで、八幡平を走り終え八戸道路へ向かう途中に給油したスタンドであった。
8月4日は予定通り正午ごろ知人宅に到着。一休みしたあと知人の案内で青森市内の「ねぶたの家ワ・ラッセ」を見学。この頃から熱が出始めて、暗くなってからの「ねぶた祭り」の本番には見物するのも辛いほどになったが、せっかく案内してくれている知人の手前何とか最後まで見学した。

ねぶたの家ワ・ラッセ

夜の街を練り歩く佞武多

その夜は知人宅に泊めてもらったが、夜通し高熱に悩まされることになった。
少し熱が収まった翌日は田舎館村に案内してもらい、二つの「田んぼアート」を見学。その精巧な作付けに感心した。引き続き「鶴の舞橋」を観光した。

田んぼアートの桃太郎 幅が広くて半分しか写らない

タワーから見下ろした「田んぼアート駅」
田舎館村役場から見下ろした「田んぼアート」

鶴の舞橋の全景は美しかった

近くから眺めた「鶴の舞橋」

夜には「JAごしょつがる五所川原」前の歩道に設けられた観覧席に案内され「立佞武多」を堪能した。

二段重ねの大太鼓の上の立佞武多

見事な高さの立佞武多

青森の佞武多は幅が広くて動きが激しく、五所川原の立佞武多はその背丈の高さが特徴で動きが少なく、同じ佞武多でも対照的な造りとなっているところが非常に興味深かった。
青森での夜は二日間とも、知人の手厚い持てなしを受け有り難かったが、風邪による高熱にも悩まされた。
最終日は知人家族に見送られ、朝早く五所川原を出発。浪岡ICから東北道に入ったところで痛恨のミスコース。何と下り線に侵入、仕方なく終点の青森ICまで行って引き返すことになった。こんなミスが何時かは逆走につながるのではないかと大いに反省した。
帰り道は少し熱っぽいながらも順調に走り、何とか無事に帰宅することが出来た。

ブログの再開

長い間ブログの更新を行っていませんでした。
最後の更新は6月21にアップした「歌舞伎を初体験」という記事で、既に4か月近く経過することになる。
先日友人から「ブログが更新されていないけど如何したの?」というメールを頂いたことを切っ掛けに、何とかしなければと考えながら延び延びになっていた再開に取り組むことにした。
この4か月にも亘るブランクにはそれなりの理由があって、決して筆者のやる気の無さだけが原因ではない。その理由とはPCに色々な障害が出始め、購入した店にお願いして診断して貰ったところ「OSの再インストールが必要」との判断であった。
その作業を依頼するときに、担当者の説明不足と筆者の早合点が重なり、出来上がったPCには全くデーターが残っていなかった。
このPCには住所録や読書記録、更には俄か百姓の耕作データーや支出記録や、幾つかの会合の事務局を担当した発信文章のほか、このブログの原稿610本など、筆者にとって大切なデーターが失われたことになる。
当初、復元は不可能と言っていた担当者にしつこく食い下がった結果、復元ソフトでトライしてみるとの約束を取り付けた。3週間ほど待ったが「その会社では復元が出来なかった」との返事であった。さらに交渉の結果「復元を専門としている業者に依頼をしてみる」との言質を取りつけ、更に数週間待った結果「一部のデーターが復元できた」との連絡をもらいお店に出向いた。
店頭で確認したところ、全てのフォルダーは復元できていたものの、その中身は文字化けしたり、エラーで開けなかったデーターが大半であった。ちなみにこのブログ原稿610件を一件々々チェックしてみると、98件だけが読み取り可能で、その復元率は僅かに16%でしかなかった。
テレビドラマの「科捜研の女」や「相棒」などでは、いとも簡単にデーター復元され、事件解決の糸口となるストーリーを見ているので、ほぼ100%復元できると期待していただけにがっかりであった。
ここ数日は、辛うじてデーター復元できていた2014年度の年賀状受発信記録をもとに、手元に残してあった今春の年賀状と喪中はがきをチェックして、2017年の年賀状受発信記録を作成する作業に取り組んでいた。
この作業が終わったことで年末に年賀状を送る目途が立ったので、意を決してブログの再開に取り組むことを決意し、この記事を書いている次第です。
長いブランクで元々少なかった読者がさらに減ったことと思われるが、カウンターの記録を確認してみると、有り難いことに毎日数件の訪問記録が残っていることに勇気を貰い、ブログ活動を再開することにした。
今後ともよろしくお願いいたします。

歌舞伎を初体験

家族全員が正真正銘の音痴である我が家では、家の中は疎か車の中でも音楽が流れることは無い。そのような家族であるから音楽イベントへの参加は全く無く、もちろん観劇などと云う体験はほぼゼロに近い、云わば芸能音痴家族である。
定期購読している朝日新聞の「国宝」と云う小説は、連載の出だしがヤクザの縄張り争いから始まると云う、ハードボイルドタッチであった事に興味を覚え読み始めた。しかし読んでいくうちに、抗争で命を落とした親分の跡取り息子が役者になると云うストーリーで、世襲制が当たり前の歌舞伎界で部屋子が才能を開花させ、遂に「花井半次郎」と云う名跡を襲名する様子で、なんとなく歌舞伎界の仕来りに興味を覚えさせる小説です。
そんな折、娘が「お客様から歌舞伎のチケットを貰った」と云って、2枚の「六月大歌舞伎鑑賞券」をプレゼントしてくれた。
大喜びの家内と共に電車と地下鉄を乗り継ぎ、平成25年の開場が話題となって以来初めて歌舞伎町を訪れた。
地下鉄の東銀座の改札を出ると木挽町広場に直結していて、多くの年配のご婦人方で混雑しており、男性客は殆ど居ないのに驚くと共に、何かしら居心地の悪い気分でもあった。
因みに筆者夫婦が鑑賞した六月大歌舞伎の演目は「名月八幡祭」「浮世風呂」「御所桜堀川夜討弁慶上使」であったが、初めての体験で二人とも只々驚きの連続であった。
特に興味を覚えたのは、唄方と三味線方と付け打ち師の活躍で、主役を始めとする役者達と共に大いに舞台を盛り上げているそれらの熱演は、歌舞伎座に出掛けなければ見られない貴重なものであった。
閉演後は再び木挽町広場を訪れ、チケットを頂いた方への土産を購入し、朝乗って来た路線を逆にトレースして夕方までに自宅に帰り着いた。
帰宅後の家内の感想は「歌舞伎鑑賞は高嶺の花と思っていたけど、少し節約すれば1年に2回ぐらいは行くことが出来るね」と云うもので、常々「地震が来たら怖いので東京には行きたくない」との、持論とは正反対の発言をするほどの気に入りようであった。

ホオジロの孵化と巣立ち

遅くなりましたが6月1日に報告した「キヌサヤの中に鳥の巣」の続報です。
ホオジロの巣があることを初めて確認したのは5月29日で、5日後の6月3日に畑に出掛けた時には既に孵化していて、小さな綿ボールのような雛5羽が、一塊になっているのが確認できた。

孵化した雛は常に口を開けて餌を待っている

巣の周りで親鳥と思しき虫を銜えたホオジロが警戒している姿がいじらしく、家内が「車の中に子供を置いてパチンコする親に見せてやりたい」と呟いていた。
他の用が続き数日畑に出掛ける事が出来ず、もう巣立ってしまったかもしれないと考えながら6月9日に出掛けて巣を覗いて見ると、案の定空っぽである。

既に巣立ちしたあとの巣の状況

しかしながら、相変わらず親鳥が周囲を行ったり来たりして、鳴き続けていることに疑問を持って巣の周辺を確認してみると、玉龍と防獣ネットの間で身動きが出来なくなっている小さな雛を発見。すぐに救助し巣の下の地面に戻してあげた。
その時に捕まえた雛の写真がこれである。

助けてあげた雛の姿です

ジャガイモの間を歩く雛の姿

まだ巣立って間もないことが分かり、巣の有った周辺を確認してみると、まだ飛ぶことが出来ない小さな雛がチョコチョコと畑の中を走り回っているではないか。
家内と二人で数えてみると、数日前に数えた卵の数と同じ5羽を確認することが出来た。


畑での作業を始めて少し経って気付いてみると、あれほど騒がしかった畑には親鳥も雛も居なくなり、元の静かな畑に戻っていた。あれほど小さくひ弱な雛が、これほどの短時間で飛び立ってしまったことに驚いてしまった。
「来年も畑の何処かに営巣してくれれば良い」と話しながら夫婦でキヌサヤの撤去を行った。
撤去した後には、既に大きくなっている深ネギを植える予定である。

オネスト会参加

また栃木県のゴルフ場でプレイする機会が有った。
このコンペは過去に幾度も報告したことのある、かつて同じ仕事をしたことのある関東地区の仲間との親睦ゴルフで、幹事は持ち回りである。
毎回、圧倒的に北関東のメンバーの参加が多く、東京都と神奈川県からの参加は1名ずつと少ない事と、北関東のプレイ費が圧倒的に安いと云う理由から、ここ数年の会場は栃木県か群馬県となっている。
今回(5月22日)のコンペは埼玉県のメンバーが幹事役で、プレイするゴルフ場は栃木市にある「ゴールド栃木プレジデントカントリークラブ」である。
指定された集合時間の8時20分に合わせて6時に自宅を出発。東北道の栃木IC手前で事故渋滞に引っかかったが、何とか2時間10分程で到着することが出来た。
この日のゴルフは筆者にとって久しぶりに記憶に残るものとなった。

スタート前に旧交を温めて記念撮影

スタートした西コースアウトが4つのパー、1つのボギー、3つのダブルボギーと47で昼食を迎え、筆者としては過去に例のない程の上出来であった。
今日こそは初めての100切りと意気込んで臨んだ午後の成績は、何時もの実力通りパー無しではあったが、ボギーを3つ、ダブルボギーを4つと、自分としては無難にまとまったものの、最終的にトータル101でホールアウトした。
このスコアは筆者の長いゴルフ経験で2回目のベストスコアタイの成績で、本人的には大満足であった。
こんなスコアで満足しているから何時までたっても二桁のスコアにならないし、たまには練習場に出掛ければよいものを、何十年も練習場に行ったことが無いのであるから、筆者には90台のスコアは一生望めないものと思われる。
プロフィール

老年ライダー

Author:老年ライダー
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性別:男
職業:退役ディーラーマン
趣味:バイクツーリングとレストア

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