お伊勢参りツーリング

2月中旬に計画した「お伊勢参りツーリング」の報告です。
参加した仲間は、ルートを作ってくれたKA氏(R1200GS)、F氏(F600GS)、T氏(R1200GS)、KO氏(K1600GT)、S氏(唯一のハーレー)に筆者を加えた6台である。
催行日が3月6日と云う事で、それ程寒くはないだろうと高を括って、何時ものウエアーにインナーを付けて出掛けたが、当初6℃位あった気温が最低で2.5℃迄下がり、非常に厳しい極寒での高速ツーリングとなった。
筆者の自宅から10分程で行ける中井PAに7時20分に集合したのはK氏(1600GT)を除く5台で、そこを定刻よりも10分ほど早く出発。湯河原から参加のK氏とは駿河湾沼津SAで合流し6台で走り始めた。
NEOPASA浜松で給油している短い間に、4台ものパトカーが次々と獲物を従えて入って来たのを見て、自分たちが獲物にならないよう戒めて出発した。
次の休憩場所である御在所SAに到着した時は全員が寒さを訴え、建物の中に入ってゆっくりとお茶を飲み身体を温めた。出発しようと外に出ると霙交じりの雨が降っており、慌てて全員が合羽を着こんで出発したが、亀山辺りでは2.5℃まで気温が下がったうえに、なんと筆者の愛車は左のグリップヒーターが効かないと云うトラブルにまで見舞われた。
何とか13時に伊勢神宮に到着。先ずは伊勢うどんの店に入って空腹を満たした。

ようやく有り付いた伊勢うどんは美味かった

内宮での参拝中には霙交じりの大雨に見舞われ、暫しの雨宿りを余儀なくされた。

伊勢神宮の鳥居前での全員写真

内宮前で、この直後大雨に見舞われた

霙交じりの大雨で雨宿りを余儀なくされる

予定では伊勢志摩スカイラインを走る事になっていたが、あまりにもの寒さに全員が戦意を喪失。参拝を終えたあと燃料を補給し、この日の宿である「民宿 つかさ亭」には早々と16時前にチェックインした。
夕食では豪勢に伊勢エビとアワビを堪能。極寒ツーリングの疲れもあってか全員が9時過ぎには床に就いた。

伊勢海老とアワビの夕食は美味かった

二日目は第2便のフェリーに乗る為、宿を8時30分に出発。乗船手続きのあと売店で土産を購入し愛車と共に乗船。航行中はコーヒーを飲みながらバイク談義に花を咲かせた。

出発前に民宿の前にバイクを並べた

伊良子に到着後は遠州灘を右に眺めてひたすらR42を東進。R1に移ってすぐの「道の駅 潮見坂」に立ち寄ったあと、この日の昼食に予定していた餃子専門店「かんべゑ」には12時に到着。30分ほど待ったが、餃子が10個盛られた中定食を食べて満腹となった。

餃子定食は大満足であった

この日のメイン目的である「スズキ資料館」に移動し、コレダの古いバイクやスズライトなどの懐かしい軽自動車を見学。随分前に自動車業界を引退したF氏と筆者は「懐かしい」を連発しながら見学した。

スズキ資料館に並んだレーサーの列

帰りは浜松ICから東名高速に入り、富士川SAで最後の燃料補給と休憩をとり現地解散となった。沼津ICでKN氏と別れ、秦野中井ICでF氏と共に他の3人と別れて下道に下り、自宅に戻ったのはまだ明るさが残る17時であった。

富士川SAで最後の休憩

二日間の走行距離は690㎞と一泊ツーリングの割には少し短いものであった。

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遂にイノシシが畑に登場

冬は農閑期である。筆者は最近まで小学校で習ったその言葉を信じていたが、自身で俄か百姓に取り組んだことで、その言葉が稲作農家に限定されると云う事に気付いた。
現在、我が家の家庭菜園は、取り残した数本のダイコン、冬越しのタマネギ、既にネギ坊主が出掛っているネギの他は、すべてビニールか寒冷紗のトンネルを掛けて防寒対策を行っているが、全体の7割程は何も作付けされていない状態となっている。
畑に出掛けるしかヤルことのない筆者夫婦は、毎日のように出掛けて草をむしったり、堆肥を施したりと、夏野菜を植える準備に取り組んでいる。
そんな作業を行っていた3月1日、畑に隣接する雑木林に向かって立ち○○をしていると、人が歩いている様な音がすることに気付いた。用を足しながら茂みの中を覗き込むが、人らしい姿を確認することが出来ない。
個人的な用を済ました後も音のする方を窺っていると、突然真っ黒な生き物が藪から姿を現した。それは柴犬より少し大きいイノシシで、じっと此方の様子を窺っている。
10秒ほど睨み合ったあと隣のみかん畑に姿を消したので、そこが見渡せる場所に移動して確認すると、ミカン畑の中をうろうろと歩き廻っている。
家内にも見せてあげようと手招きして呼ぶと、その赤いウインドブレーカーを着た寅年の家内に驚いたのか、脱兎のごとく駆け出し元の雑木林に逃げ込んで姿を消した。その一瞬の姿を目にした家内は畑に設置した防獣ネットを差して「こんなネットじゃひとたまりもない」と、深刻な面持ちとなった。
2年後に6回目の年男となる筆者の干支も亥であり、突然の闖入者に親近感を覚えたのかその姿に見入ってばかりで、この記事に添付しなければならない写真を一枚も取ってないことに気付いたのは、畑から帰る車の中であった。

プレミアムフライデーの疑似体験

毎日が日曜日生活者となった筆者にとって、連日マスコミで取り上げられているプレミアムフライデーは、まるで他の国の出来事のように感じられていた。
筆者が所属していた自動車販売業界は、訪問効率が高いという理由で土日も営業マンが活動し、週末は稼ぎ時と云う雰囲気が圧倒的に支配していた。
従って、1980年代半ばに流行語となった「花の金曜日」は全くの絵空事で、連日深夜まで働き続けたものである。
厚生労働省が主導する「働き方改革」の一環として、官民連携で取り組む「プレミアムフラフライデー」の最初の対象金曜日となった2月24日、横浜に出掛けて体験してきた光景を報告する。
この日の懇親会は元の仕事仲間(と云っても先輩とですが)と1年に3回ほど集まっているもので、「鳥どり横浜西口店」が何時もの会場である。
会場の近くには沢山の飲食店がひしめいているが、集合時間が17時30分と何時もより早目であった為か、普段と変わりがない人出で、この時点ではプレミアムフライデーの事はすっかり忘れていた。
店に入って飲み始めると、店内の喧騒が何時もより騒がしい気がして店員に確認してみると「今日はプレミアムフライデーなので、何時もより1時間ほど早く満席になりました」と帰って来たことで、改めてこの日が噂のプレミアムフライデーと認識した。
店から出た広場には、まだまだ飲み足りないのか大勢の人が溢れていて、これからが本番と云う盛り上がりを横目に見ながら、年寄3人ですごすごと駅に向かう帰路に就いた。
官民連携で「プレミアムフライデー推進協議会」まで設立して取り組んでいるこの活動が、大いに盛り上がり、シッカリと国民生活に定着することが期待される。
こうした体験も「毎日が日曜日生活者」である筆者にとっては、疑似体験と表現するしかないことが悲しい事なのか、嬉しい事なのか、答えが見つからない間もなく70歳を迎える年寄りの報告でした。

畑にポルシェが登場

この時期の畑にはあまり作業はないが、他にこれと云った用もない筆者と家内は、愛車のスズキキャリーに乗って毎日出掛けている。
周辺の片づけなどの雑用に取り組んでいた1月28日、畑に来客があった。
その日畑に来てくれたのは、昨年の暮れ「三崎マグロ祭り」に一緒に出掛けた、F800GSに乗るT氏で、この日は奥様と二人である。
T氏夫妻が畑を訪れてくれたのは3回目で、T氏単独では数え切れないほど来てくれていて、お孫さんと一緒に来て檜の枝落としを手伝ってくれたこともある。
今回の来訪は、昨年秋にそれまで乗っていたX3から乗り換えたマカンに乗ってであり、山の中の畑周辺ではめったに見掛ける事のないポルシェである。
翌日から群馬の水上に出掛ける予定とのことで、その巨大な純正ホイルにスタッドレスタイヤを装着していて、その姿は迫力満点でまさにThe PORSCHEである。

畑に来てくれたT氏の愛車はポルシェ マカンである

今回のT氏の来訪目的が、家内が漬けたタクアンを持って帰ってもらうことにある事実を、そのライプツィヒから来たポルシェが知ったら、さぞかしその気高いプライドに傷が付いたことだろう。

兼山のハマグリ

2月10日の朝刊(朝日新聞)で「言い過ぎ…高知のハマグリ 漁獲400㌔だけ」と云う記事を見かけ、わが故郷に関する内容でもありじっくり読んでみた。
兼山は「江戸から持ち帰ったハマグリをすべて海に投げ入れ、いぶかる人たちに『これは君たちの子孫に贈るのだ』(土佐弁では:これはおまんらあの子孫らあに遣るがやき)と語ったとの逸話がある」と首相の演説を紹介している。そのうえで高知県漁業振興課への取材からか「2015年のハマグリの漁獲量は約400㌔、60万円相当だ」と書いている。
更に2カ所ほどの漁協支所に取材し「大きな恵みにはほど遠かった」と結論付けている。
筆者は昭和22年に高知市内で生まれ18歳までを過ごした。
小学校高学年か中学生の頃ハマグリを獲った記憶があり、安倍首相を擁護する為にその記憶をご紹介したい。
350年まえ兼山がハマグリを投げ入れた海は、恐らく浦戸湾の何処かだと思われるが、その浦戸湾の出口に種崎と云う海水浴場があった。
市内からここに行く方法は、桟橋通り5丁目の電停(ここが終点)の先に「巡航船」の桟橋があり、その巡行船で種崎海岸の近くの桟橋(現在の浦戸大橋の下辺り)に渡して貰っていた記憶がある。この巡航船は1956年で廃止になっており、それ以降は五台山の下を浦戸湾沿いに辿る(現在の県35と思われる)バスに乗って海水浴場まで出掛けていた。
問題のハマグリは、種崎海水浴場の浜から20メートルほど沖に停泊している小さな漁船まで泳ぎ渡り、その船べりから飛び込んだ勢いで底まで潜って獲った。到達した海底の砂をゴーグルが無いので目を瞑ったまま両手でかき混ぜると、時々大きなハマグリが手に当たり掴んで浮かび上がることが出来た。若しかしたらこの時のハマグリが350年前に兼山が投げ入れたハマグリの末裔であったのかも知れない。
これは1962年ごろの筆者自身の記憶であり、少なくとも55年ほど前には子供の素潜りでハマグリが獲れたと云う事実があることを、今回のファクトチェックと云う大げさな記事を「事実確認が不十分だった」と締めくくった、朝日新聞の担当記者にも知って欲しいものである。
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老年ライダー

Author:老年ライダー
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趣味:バイクツーリングとレストア

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