磐梯吾妻レークラインとスカイラインを巡るツーリング

3月12日のモトラッドツーリングに参加して以来、1.5か月ぶりにバイクに乗る機会が巡って来た。
元所属していた会社のツーリング同好会の若いメンバーから誘いを受け、4月28・29日の二日間で福島方面に出掛ける事になった。
発起人のO君からは、会津若松の飯盛山を観光して、喜多方でラーメンを食べ、磐梯吾妻レークラインとスカイラインを走って野地温泉に宿泊。二日目は考えていません。と云う趣旨のメールが入った。
筆者が二日目のルート案として4案を作成。1案はR459・349・288・399と走っていわき中央ICから常磐道で帰る420㎞のルート。2案は1案のR349から東北道の小野ICで高速に乗る394㎞の案。3案はR121で南下しR400を走って東北道の西那須野塩原ICから高速で帰る358㎞のルート。最後の4案は少し遠回りをして、檜枝岐村から奥只見湖を経由し、上信越道の小出ICから帰る552㎞のロングツーリング案。
結局二日目はホテルに入って決める事にして、4案を行程表にとして参加人数分コピーして当日配布することにした。
集合は早朝6時に圏央道の厚木PAで、10分ほど前に筆者が到着した時には全員が到着しており、またしても最終到着者となってしまった。
5台の車列を作り出発。久喜白岡JCTから東北道に移り、羽生PAで休憩。燃料が心配なバイクがあり佐野SAに停まって給油。最後の休憩を那須高原SAで取ったあと郡山JCTから磐越自動車道に乗り換え、会津若松ICで高速から離れて、白虎隊ゆかりの飯盛山に到着。

さざえ堂は外から見学した

さざえ堂などを見学したあとR121で喜多方に移動し、当初から目的にしていた坂内食堂で1時間程列に並んで昼食を取った。何ともラーメン好きの辛抱強さには驚きである。

1時間ほど並んで食べた肉そば

昼食後、磐梯吾妻レークライン・磐梯スカイラインと一気に走破し浄土平で休憩したあと、この日の宿泊場所である野地温泉ホテルに16時前に到着。ここまでの走行距離は丁度500㎞であった。

磐梯吾妻スカイラインには雪が残っていた

温泉と食事を十分に堪能したあと二日目のルートを協議。誰かがフロントで貰って来たあぶくま洞のパンフレットを見て鍾乳洞見学に決定。

二日目の出発前の記念撮影

翌朝は8時前に出発し、筆者が提案していた1案を途中まで走り、あぶくま洞に立ち寄り鍾乳洞を見学。ここで昼食場所を協議し、「宇都宮みんみん」で餃子を食べる事に決定。
東北道を小野ICから宇都宮ICまで走って店に到着したが、行列を整理している警備員に確認すると「2時間待ち」との返事で餃子を諦めた。

宇都宮餃子みんみんは大行列で諦めた

再度東北道に入り、佐野SAで遅めの昼食を取った。その後久喜白岡JCTから圏央道に入り、狭山PAで最後の休憩を取って解散となった。
自宅にはまだ明るい16時30分に到着。到着後すぐにバイクを洗って車庫に格納した。
二日間の走行距離は907㎞であった。

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高遠城址桜見物に家族と出掛けた

4月17日の月曜日、高遠城址の桜見物に車で出掛けた。
高遠はR152での長野~浜松ツーリングのコース上にあり、毎年バイク仲間と出掛ける処で何回か訪れているが、車で出掛けるのは今回が初めてである。
3月の末から、連れ合いが海外勤務になった娘が2才の孫を連れて我が家に同居しており、老夫婦との4人でのドライブである。
前日に燃料補給とエアーチェックを澄ませておき午前7時に自宅を出発した。
コースは車でもバイクでも変わることがなく、小田原厚木、圏央道、中央高速、R152のルートで、休憩は双葉SAの1回のみである。
双葉SAのパン屋さんでパンを買い、無料の緑茶を持ってテラス席に出て、下りのSAを眺めながらゆっくりと休憩を取った。
諏訪ICで中央高速を離れてR152を南下し、高遠城址公園の臨時駐車場には10時30分頃到着できた。
平日にもかかわらず沢山の観光バスが集まっており、我々は第三無料駐車場となっている中学校の校庭に車を停め、シャトルバスで城址公園まで移動した。
城址公園の桜は満開には少し早い7分咲き程度であったが、ウイークデーにも拘わらず大勢の観光客で賑わっていて、桜まつりは最高の盛り上がりを見せている様であった。
よく観察してみると、観光客の三分の一ほどが海外からのお客様のようであるが、大声で話す団体は意外と少なく、桜の花の見事さに見とれている様である。

もうすぐ満開の桜

山の名前は分からないが雪山が望める

桜の下を潜って喜ぶ子供

さくら見物を終え、ネットで検索し昼食に予定していた、高頭駅(駅とは言ってもバスの駅であるが)前にある土蔵を改装した「壱刻」というソバ屋さんを訪れたが、本日分の蕎麦は予約で売り切れとのことであり、次の候補に向かった。
第二候補は既に往路で看板を確認していた「七面亭」と云う店で、R152から少し入った所に在った。狭い路地を登り切った所に在る古民家で、運営しているスタッフも全員が地元の農家のおばさんと云う感じの素朴な店であった。この店でも我々が最後の受付と言われ、かなり長い時間を待たされたが、味噌だれで食べる「高遠そば」は中々の味であった。

帰り道は睡魔に襲われ、予定していた双葉SAまで到達出来ず八ヶ岳PAで休憩。その後は休むことなく往路と同じルートで自宅まで帰ることが出来た。

日光での一泊ツーラウンドプレイ

何年か前からバイク仲間と「一泊ツーラウンドのゴルフにバイクで出掛けたい」と話し合っていた。
そんな他愛もない話をした仲間と移動手段こそ四輪に代わったが、「一泊ツーラウンドプレイ」のゴルフが実現した。
二つのゴルフ場と宿泊場所を設定したのはR1200GSとF800GSに乗るT氏で、二組7名のメンバーを集めたのがモトラッドのW氏であり、二人は筆者と度々ツーリングに出掛けるバイク仲間である。
「日光ゴルフツアー」と銘打ったそのコンペは、筆者を含むバイク仲間3名の他に、不動産屋さん、設備屋さん、ビル配管メンテナンス屋さん、他県のモトラッドディーラーオーナーの計7名が参加した。
一日目はW氏が午前6時に自宅まで迎えに来てくれ、相模原市に住むT氏宅経由で、栃木県の鹿沼プレミアゴルフ倶楽部に9時26分のスタートに滑り込みで到着した。
プレイ終了後に着替えも行わず宿泊予定のホテルジャパン日光/ラ・ポーム霧降に移動。ラウンジでこの日の成績発表と表彰式を行ったが、筆者の成績は並居るベテランゴルファーに及ぶべくもなく、隠しホールの幸運にも見放され誰もが予想したとおり最下位であった。
入浴後、豪華な作りのダイニングで美味しい食事を頂き、高齢者団体と云う事と朝が早かった事もあってか、21時過ぎには全員が床に就いた。
二日目のプレイは宿泊ホテルから10分程で移動できる日光プレミアゴルフ倶楽部で、夜半から降り始めた雨が降る中でスタート。午前中の途中で雨は上がったものの、筆者のスコアはOBや池ポチャの連続で、沢山のボールを行方不明とした結果、最下位であった前日よりも更に20点も崩れ、一緒にラウンドしたメンバーに大迷惑を掛ける結果となった。
表彰式のあと入浴を済ませて解散となったが、一緒の車で帰るW氏、T氏と三人で東武日光駅前まで戻り、それぞれが手土産を購入して神奈川県に向かって帰って来た。
因みに筆者が求めた手土産は「日光カステラ」でした。

モーターサイクルショー2017

70歳を目前に控えてめっきりバイク活動が減少して来ていることが寂しい最近であるが、先日、元同僚からモーターサイクルショーへの誘いを受けた。
俄か百姓活動の端境期で暇を持て余していた時期でもあり、二つ返事で参加することにした。
更に一人の先輩を誘って3名で落ち合い、会場である東京ビッグサイトに車で出掛け昼過ぎに到着した。
三人ともモーターショーには仕事柄度々出掛けた経験はあるが、二輪のショーは初めてである。
第一の目的は、資産活用の一つとしてガレージハウスの建設を検討中の同僚が、太陽ハウジングリースと云う企業が提案するガレージ付きメゾネットタイプの賃貸住宅「G-Style Club」のブースを訪れる事にある。
そのブースでは担当の営業マンから、一階にガレージを持ち二階に1LDK程度の居住スペースがあるメゾネットタイプのアパートの説明を受けた。車やバイクを趣味に持つ独身者を対象に貸し出すとのことで、同じ趣味を持つ居住者同士のコミュニティーが最大の魅力で、高い定住率が期待できるとの説明があった。
この日の3名のメンバーは、若い頃にバイクの魅力に取りつかれて自動車業界に進んだ、平均年齢が70歳を少し超える者同士で、熱気あふれる内外のメーカーの展示を見て「バイクってまだこんなに人気があるのか」と、感心しきりであった。
肝心のバイク見学は込み合った人混みを掻き分けて巡ったが、国産ではホンダ、輸入車ではBMWのブースが一番人気であった。

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また、その日の新聞で製造中止が報道された「モンキー」の周りには人垣が出来ていて、その人気ぶりが最も印象に残ったモーターサイクルショー2017の見学であった。

製造の停止が決まったホンダモンキーは大人気

テレビドラマ LEADERSⅡを楽しんだ

何年か前に楽しんだトヨタ自動車創設時の物語が再放送された。
その翌週にはその販売編ともいえる「LEADERSⅡ」を楽しむことが出来た。
このドラマは、豊田自動織機の一部門から派生したトヨタ自動車の生い立ち(1937年)から、戦後間もなくの労働争議に伴うトヨタ自動車販売の設立(1950年)前後までの経緯をモデルにしたもので、トヨタの販売店に長く在籍した者の一人として、大いに興味を持って楽しむことが出来た。
1970年にトヨタの販売店に入社した筆者にとっては、遠い出来事として先輩方から聞いて知っていた事も多く、改めてトヨタの歴史に触れた気がした。
特に労働争議の場面では、その当時トヨタ自動車工業の採用担当者であったという大先輩(関東自動車工業の子会社の顧問であった方)から聞いた事を思い出し、その時は何となく聞き流していた話が懐かしく思い出された。
設立80周年を迎えるトヨタ自動車が、資料面でも資金面でも全面的に支援したことは誰が見ても明らかなドラマであったが、筆者のようにトヨタに関連する仕事一本で企業人人生を終えた者にとっては、本当に感慨深いテレビ番組でした。
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老年ライダー

Author:老年ライダー
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職業:退役ディーラーマン
趣味:バイクツーリングとレストア

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